踊りの練習
「「踊りの練習?」」
「そうよ。あなた達も10歳。しかも勇者と聖女でしょう。いつ王様から社交界に呼ばれるか分からないわ。」
母さんがそんなことを俺達に言った。
「学校が休みの日に私が踊りを教えます。手が空いてたらお父さんにも手伝ってもらいます。良いですね。」
「踊りの練習?」
「うん。社交界に必要だからって。勇者にそんなものいるのかな。」
ローデさんの店でアイスをかじりながらそんな話をする。
「そう言えばアッキーも貴族だもんね。」
ライが笑いながら言う。中の下で悪かったな。そういうライは……いや、多分アストロンも大分上流貴族なんだろうけど。
「踊りかあ。そうだアッキー!僕と踊りの練習をしようよ。」
アストロンがそんなことを言い出すので俺は驚いた。
「練習って、アストロン踊れるのか?」
「簡単なやつだけどね。僕ももう踊りの練習は始めたから。」
流石アストロン。いや、上級貴族は皆こんな感じで先取りで練習を始めるのだろうか?
「じゃあライも一緒に練習を」
「あ!お、俺はまだ練習始まらないから!!」
何故だか慌てた感じで言われた。不思議に思っている俺の手をアストロンがとる。
「アストロン?」
「まずは踊りを楽しむことから始めると良いよ。嫌なことだと思っちゃうと辛くなるからね。だから適当に僕と踊ろう。」
アストロンはにっこりと、光が飛び散るほど眩しい笑顔で笑った。
「そ、そうだな。」
「僕もアッキーと踊ってみたかったし。とりあえず男女のパートとかは置いといて、手を繋いでくるくる回ろうよ。」
「ああ!」
ローデさんの店の裏でアストロンと手を繋いで踊る。同じくらいの大きさの手のひらは、俺より温かい。そこまで激しく踊っていないのに、異常に早い心拍数を少し疑問に思ったけれど、アストロンと踊ることが楽しくてあまり気にならなかった。
「また踊りたいな。」
「うん!練習も続くし、また踊ろう!僕、男性パートも女性パートも踊れるようにするよ。」
「あ、ああ。そうだな……。うん。俺も、どっちも踊れるように頑張る。」
思わず少し俯きがちになってしまう。そんな俺の態度を見て何を勘違いしたのかライが
「大丈夫!アッキーなら運動神経いいし、すぐ踊れるようになるよ!」
と励ましてくる。まあ、それも不安ではあるが。
(そうだ。勇者アキレアとアストロンが踊るには、どっちのパートも踊れなきゃいけないんだ。)
だって勇者アキレアは男の子だ。
俺が、本来の、聖女であれば覚えるパートはお互い1つで済んだだろう。
聖女だったら、女の子だったら、いつかドレスを着てアストロンと踊れたんだろうか。
何故だか少しだけ胸が締め付けられた。
「俺達、魔王を倒したら元に戻すんだよな。」
「どうしたの、フリージア。」
子ども部屋でフリージアが腕を組んでそんなことを言い出した。もしかしてフリージアはフリージアに戻りたいんだろうか。そう思っていると
「だから踊りもどっちのパートも踊れないとヤバいと思うんだ!」
と言い出した。
「……確かに。私たちは魔王を倒したら勇者と聖女じゃなくて、貴族として生きていく方が優先になるわけだもんね。貴族として生きていく中で踊れないのは不味いかも。」
「今までもお互い教えあってきたが、踊りは特にちゃんと教えあおう!!」
フリージアの言葉には力が入っていた。
……。
「もしかしてフリージア、踊りたい相手でもいる?」
「ふぇ!?」
尋ねてみればフリージアは素っ頓狂な声を上げた。顔も少し紅くなっているように見える。
(こうしてみるとかわいい女の子だよなあ。)
とても勇ましい勇者とは思えない表情に思わずくすっと笑ってしまう。
「お、俺は勇者だぞ!!そ、そんな踊りたいとか。いや、剣舞とかならありだが。それよりそんなこと聞くってことはアキレアこそ踊りたい相手でもいるんじゃないのか?」
おっと。こっちにも飛び火した。
そう言われて思い浮かぶのはホワイトレースだ。
……。
「まあ、いるかな。」
「え?いるのかよ?!」
驚きながら誰なんだ?!と言っているフリージアに私は微笑む。
「とりあえず踊りは頑張ろうね。」
フリージアにあんな顔をさせたのは誰なのか考えながら。
気になるかも?良いかも?と思っていただけたらブックマーク、評価や感想をいただけると嬉しいです!
次回もお付き合いいただければ幸いです。よろしくお願いします。