幸運で聡明で加えて神に愛された令嬢、それが私
「あ~、暇ですわね~」
あの騒動から一日が過ぎた。
しかし私の場所は未だベットの上。といっても体調が悪い訳でない。そもそも痛みがあったのはあのときの頭痛だけで目覚めた後は痛みなど欠片もないのだ。
だが、それで良しとしないのが私を溺愛する二人の両親だった。
『同じ公爵家のそれも年のころ七つの少年が将来的に自身を刺す』という病み上がりの娘の言葉を信じることこそ流石にしなかったが、それでもその後の保護治療は手厚すぎる程に手厚かった。
というより、冷静になった考えればあの言葉を信じろと言う方が無理な話だ。いくら溺愛する娘の言葉であろうと突拍子が無さすぎる。妄言ととられても仕方がありませんわね。
ちなみに両親の様子からしてこの看病はもう少し――具体的にはあと一日程は続く様子。何故なら根底にある昨日の頭痛の原因が解明されておらず、明日には高名なお医者様が我が家にいらっしゃるという様な話を母が廊下でメイドとしているのを少し前に耳にしたからだ。
あの頭痛は恐らく記憶を呼び戻すための何らかのトリガーであったと私は考えている。つまり――どれだけ高名なお医者様であろうとも原因の解明は不可能なはず。それ故に明日私の診療を担当するお医者様に一握りの同情を抱きながら、私はあと一日はベットの上での生活を受け入れつつ思考を別の問題へと切り替える。
それは当然、私の脳内に振って湧いた様に蘇った前世の記憶。
あの夢の中では一部の主要な記憶だけを見せられたわけですが、それを皮切りにどんどんと記憶は掘り起こされ、今の私は前世の全ての記憶が鮮明に思い出せるまでになっていた。
それを踏まえればむしろ両親の心配性は功を奏したかもしれない。おかげでゆっくりと一人落ち着いた場所でよみがえった記憶と向き合うことができる。
前世の人生で私は隣国のとある公爵家の令嬢として生まれた。
この時点で私はやはり選ばれた人間であることが窺える。何故なら生まれ変わったら公爵家、生まれ変わる前も公爵家。国の中で貴族――それも公爵家の割合などわずかなもの。それを違う国とはいえ二度もその階級の家の令嬢として生まれる。
これはもう幸運がどうこうなどという話ではなく、私の魂自体が高貴な存在と考えてなんら間違いはないだろう。魂が高貴であるが故に、偶然などではなく必然的に高貴な身分に生まれる。
はぁ~、流石は私ですわね。
しかし、そんな私の前世はあの婚約者によって殺された。
名前を言うのも、もはや憚られるあの男。
生まれも、育ちも、教養も、容姿も、美しさも、可憐さも、何もかもが私の方が優れているというのに――明らかに私よりも下等なあの薄汚い平民の女を選んだあの男。
あの男の事を少し考えただけでギュッと布団をいつの間にか皺ができる程に握りしめてしまっていた。
ああ、思い出すだけで怒りで変になりそうですわ。
あの男、一体あの後どうなったのでしょうか? 一族郎党死刑でしょうか? それとも上手く罪を免れたのでしょうか? それとも…いや、考えるだけ無駄ですわね。
願わくば、できる限り苦しい死に方をしていて欲しいものですわ。あの時の私の様に――。
「ふぅ~」
そこで少しだけ気持ちを落ち着ける様に枕元のテーブルに置かれたグラスを手に取り、水を口に含む。
よし、ここで暗い気持ちの切り替えですわ。
あのような忌々しい男の事を考えても仕方がない、時間の無駄ですわ。何故なら私はすでにあの人生ではなく、この新しき人生を生きているのですから。
ここからが本当に大事なところですわ。
今までのこの七年間を、ロゼッタとして生きてきた七年間を思い返す。少しして、それにより冷や汗がスーッと頬を伝うのがわかった。
何故なら、この七年間の私は前世の私とほとんど同じ育ち方をしてきたのですから。考えも言動も思い返せば、全て一緒。生まれ変わりであり生まれ変わったほとんど環境も同じ、さすれば当然と言えば当然かもしれない。
だが、私は知っているのです。このまま成長すればあんな目を覆いたくなるような悲劇が私を不意に襲う可能性があることを。
いや、もしかしたらこのままいけば本当に同じようになっていたのかもしれない。
あの男の立ち位置がグラインへと変わり、あの薄汚い平民娘の位置が別の薄汚い平民娘に変わるだけ。良く思い返せばグラインもなんだか平民娘を色好みしそうな顔をしていた気がしますわ!
「キミは何も知らないんだね、じゃあ僕が色んなことを教えてあげるよ」とか言ってるんですわ! それでもって平民娘の方は「はい、私の知らないたくさんの事を教えてください…!」とか答えているんですわ!
全くもって汚らわしい、不純ですわ! あ~、いやだいやだ。本当、少しは迷惑をこうむる側の気持ちにもなって欲しいものですわ。
――ですが! もうその心配もないのです!
何故なら私は思い出したのですから、あの失敗した忌まわしい前世の記憶を。
こんな人間が未だかつていたでしょうか? まるで理不尽な私の死をどうしても受け入れられない神様が寵愛のもとに私に絶対に幸せになって欲しいと願っているかの様。
そう考えればあの前世にも意味があったというものです。何故か頭のおかしい婚約者には刺されるほどに嫌われてしまったようですが、そんな俗物よりも遥かに優れた神様の寵愛を獲得すべきことができたのですから。
前世をまるで踏襲するかのように成長してきた今までの私。そんな中で思い出したその前世の記憶。その二つから、私がこれからすべき行動は自ずと導き出される。
つまり私は昨日の七歳の誕生日を運命の転換点として、これからは前世にしなかったような行動をわざととっていく。しなかったどころか前世では考えもしなかった様な事をするのもいいかもしれません。
さすれば逆説的にあのような悲劇に繋がる未来はなくなるはず。子どもでもわかる理屈ですわ。
お~、ほっほっほっほっ♪
私はなんて幸運なのでしょう、そしてなんて聡明なのでしょう!
これで不幸に至る可能性を完全に消し去って差し上げますわ。そして今度こそ、人生の勝者となって差し上げますわ。
さぁ、手始めに具体的にどんな行動をとっていくかを考えましょう。
――コンコン。
ドアがノックされる。
私が事前にこの時間に呼んでおいた相談相手が部屋にやってきたのは、そんなベストなタイミングだった。