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『大人びた少年』と『背伸びしたクソガキ』


 私の事を心配してくれていたのだろう。

 それは私が目覚めてから彼がこの部屋に来るまでの時間の短さを考えればよくわかる。


 きっと数刻前の私であれば、感涙にむせいで更に彼の事を好きになっていたことだろう。

 だが、今の私にとって彼はそう遠くない未来に自分に牙を剥くかもしれない危険分子へと一気に認識が変化していた。率直に言えば近づいて欲しくない。


「…………」


「ごめんなさいね、どうやらロゼッタったら目覚めたばかりで少し頭が混乱しているみたいで」


 そこでいつまで経ってもグライン様の言葉に反応を返さない私と私の反応を待たずに二の句を紡ぐことを躊躇している様なグライン様、その双方をフォローする様にお母様が場を執り成す。

 流石、お母様…と言いたいところですが、それを言ってしまったら、


「どうやらそのようですね。すみません、気が回らずに」


 やつ・・に再び口を開く権利が与えられてしまう。

 私が気絶する前と変わらない様な穏やかな笑み。しかし、肝心な私は気絶する前とは完全に変わってしまっている。

 具体的に言えば、『将来的に刺される』という危険性を抜きにしても目の前の同年齢の少年に対する印象自体も劇的に変化していた。

 

 先程までの私は、彼の事を大人びている素敵な少年と認識していた。

 ――しかし、それはあくまで七歳の感性によるものだ。

 前世の記憶を取り戻したことで、人生にこの七年の歳月とは別の十八年の歳月が追加されて私は一人のうら若き可愛らしい少女から、成長した美しいレディへと変化したのですから当然その認識も変わります。


 つまり今の私にとってグライン・ルーデンの印象は『大人びている素敵な少年』ではない。

 少し下品な言葉で言うなれば『背伸びしたいけ好かないクソガキ』ですわ。それに加えて将来的に私に害をなす可能性を有しているなんて……あー、もう! 絶対に今後とも深い関わり合いを持ちたくありません!


「えっと…ロゼッタ様もだいぶお疲れのようですし、今日のところは私どもはこれにて失礼させて頂いた方がよろしいでしょうか?」


 そこでグラインがそう口にする。

 いや、それを最終的に決めるのは貴方ではなく貴方のご両親でしょう? 

 やっぱり背伸びしてますわねぇ。ああ、いくらまだ七つとはいえこんな男に騙されてしまうなんて…、純朴すぎますわ、私。


「そう…ですね。わざわざお越しいただいたのに申し訳ありませんが、今日のところはその方がよろしいかもしれません」


 うちの両親も考えは同じだったのか、本当に申し訳なさそうにお父様がその意見に同意した。母も「ごめんなさいね」と小さく頭を下げる。

 そしてそんな二人に「いえいえ」と首を振ると、やつは再び私へと目を向ける。


「では、私達はこれで。ロゼッタ様、お身体をお大事に。それから誕生日、本当におめでとうございます」


 ………。

 流石にそれに無言で返すわけにはいかない。

 意識が覚醒したばかりの頃は自分の事で手いっぱいで本能的に自分の感情優先に行動してしまいましたが、少しして私は本当に少しだが冷静さを取り戻していた。

 私は今も昔も貴族であり公爵令嬢。ならば本来は表面上はどんな状況でもその姿勢を崩してはいけないのだ。


「すみません、グライン様。また会える日を心待ちにしておりますわ」


 すーっ、と一度そう気持ちを整える様に大きく息を吐き、告げる。

 私のその言葉にグラインは「ええ」と小さく笑うと部屋を後にした。


「ふぅ~~」


 部屋に両親と私だけが残され、そこで再び大きく息を吐く。

 今度は気持ちを整えるためのものではなく、安堵の息だ。とりあえずは今この瞬間の脅威は過ぎ去りましたわ。

 今後は何らかの手段を講じてなくてはなりません。やつと疎遠に為る様には――、


「いや~。しかし噂に違わぬ好青年だったね、彼は」


「そうですね。ロゼッタも彼を気に入った様ですし、もしかしたら――」


 が、そんな私の気持ちなど知りもせずに両親はそんなことを話し始めた。

 …まずい、これはまずいですわ。ここで外堀を埋められるわけには――。


「お父様、お母様」


 そては反射的な行動だった。

 二人の名前を呼び、布団から上半身を起こしてちょんちょんと手招きをする。そして不思議そうにしながらも私の意図を察して耳を寄せてくれた。

 そんな二人に私はきょろきょろと周囲を見渡しながら小さな声で、


「ここだけの話ですが…私が思うにグライン様は中々に危険人物ですわ。もし仮にこのまま私と深い付き合いのままに年月を重ねれば――私が彼に剣で刺される可能性がある気がします」


「「―――!?」」


 そう伝えた。

 ふっふっふ、言ってやりましたわ。これでもうやつと会うことは――、


「いきなり倒れるくらいだ。やっぱり疲れているんだね」


 起き上がった上半身がゆっくり倒される。


「怖い夢でも見たの? 大丈夫よ、安心して眠りなさい」


 倒された上半身に優しく布団がかけられる。


 そして、「ゆっくりお休み」という優しい言葉と生暖かい視線を残して両親二人は部屋を後にした。

 

「…………」


 どうやら先程の私の言葉を二人は倒れて混乱した娘の妄言と受け取ったらしい。


 なっ、何故ですの~~!?

 

 こうしてこの日を境に、私――ロゼッタ・ワイゼルは前世以上に数奇な運命を辿ることなる。

 そのことをこの時の私はまだ知らない。


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