彼女は思い出す、そして喜劇の幕が上がる
その日は、いつもよりも少しだけ特別な一日だった。
なにを隠そう、私――ロゼッタ・ワイゼルの七歳の誕生日だったのですから。
祝ってくれたのは、両親を始めとした親類縁者の貴族たち。
加えて更にもう一家族。私の家と古くから関わりのあるとある貴族の家の人間だった。爵位は私の生まれたワイゼル家と同じ公爵。そしてその家には私と同い年の一人の少年がいた。
名前はグライン・ルーデン。
ルーデン公爵家の長子であり、とても煌びやかで大人びている美少年。その同い年とは思えない落ち着いた雰囲気が私はとても気に入り、誕生会の間は彼とずっと一緒に行動していた。そしてそんな私たちの様子を大人たちは微笑ましそうに眺めていた。
この対面がほんの少しながらお見合いの様な意味を兼ねていたのは、私は幼心に気付いてはいた。
最初は少しだけ不安だった。しかし初めて会う私に自己紹介をしながら洗練された動作で頭を下げる綺麗な容姿の彼を見た瞬間に、『この人と将来結婚する』そんな思いを私はすぐさま胸に抱いたのだった。
先程も言った様にそこから先はずっと彼と共にこの誕生会を楽しんだ。色々な話をした、そして彼もそれを聞いて笑ってくれた。とても幸せな時間だった。
――しかし、そんな時間は唐突に終わりを迎えた。
誕生会も終盤に差し掛かる中、壁際に用意された豪奢な椅子に二人並んで座りながら談笑をしていた時の事。
「っ~~~!?」
「――ロゼッタ様?」
唐突に私の頭に稲妻の様に痛みが走ったのだ。
そして、その痛みはそれだけでは治まらず持続した。頭が比喩でもなんでもなく割れる様なそんな痛み。生れて初めて感じるそんな明確な死を連想させる痛みに私はそのまま頭を抑えながら椅子から崩れ落ちた。
「ロゼッタ様――!? ロゼッタ様――!!」
グライン様が私の名前を呼びながら先程までは見せなかった本気の焦った表情を浮かべている。
そして私の椅子から崩れ落ちる音とそんな彼の叫びに周囲の大人たちもまた血相を変えて私の元へと近づいてくるのがわかった。
が、それと同時に本能がその恐ろしい痛みから逃れるかのように私の意識はそこでプツンと切れた。
――…あれ? 場所は違う、痛みの種類も違う。でも私はこの様な痛みをどこかで…どこで――。
意識が消失する間際、そんなことをふと感じた気がした。
***―――――
夢を見ていた。
一人の少女の短い人生を更に短く要点だけまとめた様なそんな夢。
公爵家に生まれ、周囲から愛され蝶よ花よと愛でられて育てられた。
家族もいた、友人もいた、そして何より婚約者もいた。
幼いころからずっと大好きで、彼も私と同じ気持ちと信じて疑わなかった。彼と結婚し、幸せな家庭を築き、素晴らしい人生を謳歌する。そう――信じて疑わなかった。
だが、そんな少女は十八歳の誕生日の日にその最愛の婚約者に刺されてその命を落とした。身体の中央を貫いた刃、そこには明確な殺意が込められていた。
「うっ、ううっ…! なんて可哀そうなんですの、彼女は…! 一途に思い、焦がれ、尽くしてきたというのに…婚約者に裏切られ、それもあの薄汚くて卑しい平民の娘なんぞのために…。何一つ、何一つも悪いことなどしていないと言うのに!! 可哀そうすぎますわ!!」
その夢?を何故か第三者視点で鑑賞していた私は、彼女が最低最悪な婚約者に刺されて息絶えるのを見たところで、二つの瞳から涙を流し自然とそんな言葉を口にしていた。
それほどまでに彼女は――………って、ん?
そこで不意に今まで味わったことの無い感覚が脳裏に飛来した。
既視感? デジャブ?
何故か先程まで見せられていた映像に妙な懐かしさを感じ始めていた。
「ん~~~~~?」
その感覚に従う様に私はジーッと再びその少女を凝視する。
そして気づく。
「あれ? これ私じゃ――」
***―――――
段々と意識が覚醒していくのがわかった。
身体の上下に柔らかいお布団の感触。おそらくあのまま倒れた私はここに運ばれたのでしょう。
そして、そのままパチリと目を開く。
まず目に映ったのは私の眠るベットの右側で並んで座っていた両親。
母はハンカチを目に当て、父は神妙な顔でうなだれていた。そんな二人と目が合う。私が目を開くその光景を瞳に映したことで悲哀に満ちた二人の表情で一瞬で光が差し、
「ロゼッタ!」
私が何か反応を示すよりも先に、母が横たわる私をギュッと抱きしめた。その状態のまま「ロゼッタ、ロゼッタ」と私の名前を呼びながら涙を流していた。
それだけでどれだけ私を心配してくれたかが伝わってくる。
「お母様、少し苦しいですわ」
「ああ、ごめんなさい。つい…!」
私の指摘にお母様がギュッと抱きしめた体をすぐに離してくれる。
そしてそれと入れ替わる様に「心配したんだぞ」と父が肩をポンポンと叩いてきた。先程の神妙な顔が嘘の様にその表情は安堵に彩られていた。
「…………」
そんな両親二人の愛を確かに感じて感謝しつつも、私の脳裏には先程の夢に出てきた光景が色濃く残っていた。一度そう認識してしまえば、あれは他人事とは思えない。
あれは、きっと私の前世の記憶に他ならない。
つまり――、
コンコン。
そこで不意に部屋のドアがノックされる。
そして、
「失礼します。ロゼッタ様が目を覚まされたとお聞きしまして!」
まだ声変わりをしていない少年の高い声が扉の外から響く。
恐らく私が目を覚ました瞬間にメイドの一人が室外にもその事実を伝えに行ったのだろう。
それはグライン様のものだった。その声音には焦りと安堵の両方の感情が混じっている様だ。
――が、その声を聞いた私は反射的にビクンと少し肩を跳ねさせた。
「はい、どうぞ」
「あっ、ちょっ…!?」
「あちょ?」
そんな私の些細な変化になど気づくはずもなく、二つ返事でお母様は入室を許可した。
そして室内に彼が入室してきた…のだが、
「ロゼッタ様! ご無事で何より……です…?」
その第一声は不完全燃焼の様に歯切れが悪かった。最後など少し疑問形になっていた。
それは恐らく私の彼を見る表情によるものなのだろう。部屋に鏡はない、それでも私には何故かわかった。今の私はきっと凄くギョッとした顔をしていた筈だから。
何故なら、
――全部一緒。人の良さそうな笑顔も、幼き頃から大人びたその性格も、煌びやかなその佇まいも。そして家族間の仲が良く幼き頃に知り合うというその関係性も。全部、あの男と類似している。
あの夢に出てきた彼と目の前の彼はとてもその性質が似ていたのだ。
つまりは、
――まっ、まさか…こいつも私を刺しますの!? よく見れば胡散臭そうな顔立ちですし! しょっ、将来的にその可能性は十分ありますわ!!
前世の記憶を取り戻したことにより、本能が若干八つ当たり気味にグライン・ルーデンをメチャクチャ拒絶し始めたのだった。