バカとクズは死んでも治らない
「なっ…、なん…で?」
かすれた声でそう問いかける。
「…キミはやり過ぎた。もう――こうするしかないんだ…!」
返ってきたのは、冷たくそしてどこか苦しんでいる様なそんな声。
その声は、今まさに私の腹部を貫通した剣を握っている婚約者のものだった。
痛みは当然ある。今まで味わったことのない激痛が突き刺さるように響いている。しかし、私にとっては我が身に起こっている事実への衝撃がその痛みを遥かに上回っていた。
何故、刺されているの?
何故、彼が?
何故、婚約者である私を?
――!?
洪水の様に湧く疑問の中で一つの答えに辿り着いた。
「まさか…!? あの平民の薄汚い小娘のためですの!?」
「――ッ」
私の言葉に彼が表情を更に歪める。
――確定だ。それだけでわかってしまった。だが、理解はできても納得など到底できるはずもない。
今度は痛みを衝撃ではなく怒りが凌駕する。
「自分が何をしているのか…わかってますの…! どれほど愚かで無様でくだらないことをしているのか…わかってますの!? あの様な下賤の者の…ために…!!」
近距離で表情の歪んだ彼を睨み付け、捲し立てる。
もはや口の中など血の味しかしない。常に喉からゴポゴポと逆流する血液で言葉も上手く発せない。それでも、本能が叫ぶ怒りの感情がその全てを押しつぶす。
私の口から出た血液が彼の頬に跳ねる。
それにより彼の表情が再び強く歪む。嫌悪、怒り、恐怖、怨嗟、色々な負の感情をごちゃ混ぜにしたようなそんな表情だった。
そんな歪み合った表情のままに近距離で私たちは見つめ…いや睨み合った。
しかし、
「――こんな状況になってもキミは変わらないんだね」
そこで不意に、そんな言葉と共に私の腹部を貫通していた剣が引き抜かれる。
そして、私はそのまま地面に倒れ伏した。腹部から凄まじい早さで血が流れているのがわかった。もう痛みも感じない。きっと私はここで死ぬのでしょう。
でもただでは死なない。婚約者として――令嬢としての意地、プライド、本能。それがこのままただ殺されることを許さない。
「――――ッ!!」
グッと倒れた体勢のままに無理やり首だけを動かして、その顔を睨み付ける。
せめて、私のこの血濡れ死に絶える寸前の姿をトラウマとして恐怖の象徴として彼の中に刻みこむために。
「――――くっ…!?」
そして、恐怖と動揺の強く浮かんだ彼の表情を見て少しだけ心が軽くなるのを感じながら、私の意識は彼方へと消え去った。
***―――――
それは偶然と偶然の重なり合いだった。
彼か彼女かわからない中性的な容姿をした美しい生物。
それを指し示す名詞は、『神』という恐ろしくわかりやすいものだった。
『神』の基本的な仕事は死者の魂を導く事。
正しく生きた魂を正しい場所へ、正しくない生き方をした魂を浄化する場所へ。それを複数人の神が分割して行っている。
そんな『神』の一人が仕事をいつも通りしていた時の事だった。
「うわっ、すっごいな」
凄く派手に散っていった魂を見つけたのだ。
自分の地位に胡坐をかき、悪事を積み重ね、結果として『婚約者に刺される』というこれでもかと言う程に正しくない生き方をした魂だった。だが、正しくない生き方をした魂がここまで正しい因果応報を受けてその結果で正しくない死を迎えた例は非常に珍しい。自分の悪事がそのまますべて跳ね返ってきたような死に様だ。
それを見て『神』はある一つの興味本位の実験を思いついた。
もし仮にこの魂を浄化せずにそのまますぐに転生させたらいったいどうなるのだろうか?
はたしてまた同じように悪事を働くのか?
それとも全く別の生を歩むのか?
そんな単純な興味による実験。
本来正しくない生き方をした魂は、浄化するための場所にてその罪を滅ぼす。
だが、この魂は自身の悪事と釣り合う程に凄惨な最後を迎えている。
――だから、
「ま~いっか。このまま転生させても」
そんな軽い自己解釈で『神』はその実験を執り行うことを即決した。
こうして彼女の魂は、
・享楽的な『神』の仕事に割り振られたこと
・その『神』に興味を持たれたこと。
その二つの偶然により、そのまま二度目の生を与えられることになったのだった。
***―――――
結論を言おう。
『馬鹿は死んでも治らない』
その通りだった。
何故なら実際にそうなったのだから。
ならば次のステップだ。
――もし『死んだ次の人生で、その馬鹿が前世の記憶を思い出したのなら』、『思うがままに生き、最愛の婚約者に殺された記憶を思い出したのなら』。
そのとき彼女は一体どうなるのだろうか?
自分の生を見つめ直し、何を思うのだろうか?
そしてその後、どう生きるのだろうか?
これはそれを見届けるための物語。
そして少しだけネタバレをするならば、これは『笑えないクズが二度の人生を通して笑えるクズになる』そんな不思議な物語だ。