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続・甘めトランプ味のスイーツを

作者: セラニアン

続いてはいけない、精神に異常をきたすスイートホラーの続きです。

深く考えると精神に異常をきたす場合があります。とにかく軽い気持ちでお読みください。


「むかしむかしの話です」


 黒板の背面に座った先生が、相も変わらずの眠たそうな音でしゃべっていた。


 昼食明けの5時限目の授業は、とにかく眠い。私は床に体を散らかしながら、ふぁぁとあくびをついた。


 うちの学校では、昼食と5時限目の間に掃除をすることになっていた。なので、5時限目が始まったばかりの今だけは、教室の床もきれいだった。砕けたビスケットの制服の粉も、崩れたクラスメイトの体も、先ほど箒と塵取りでせっせとかき集めたからだ。


 もっとも、どうしても箒と塵取りでは取り切れない部分があった。とくに内臓なんかは、ほとんどがチョコレートソースとかブルーベリーソースになってしまうからだ。チョコとブルーベリーが混ざると、一緒になって内臓が混ざってしまうので、あまり良くない。なので、ソース関係をかき集めるのは一苦労だ。


 5時限目となると、ずいぶんとクラスメイトの数が減ってしまっていた。小柄な子の体は、もうほとんど塵取りで集められて、甘く溶かしたキャラメルの中に放り込まれていた。もっとも、それもいつものことだった。どうせ明日の朝には全員揃うのだから、気にしたって仕方がない。


 5時限目は、歴史の授業だった。担当は担任でもある先生だ。大事なのはわかっているが、うちの担任の先生の話口調は、とにかく眠くなる。


「昔は、まだこの空には神様がいませんでした。今からは想像もできませんが、空には何の模様もない、それはそれは恐ろしいくらいに真っ白な『雲』が浮かんでいたのです」


(ふうん、曇って昔は真っ白だったんだ)


 私は窓から空を見上げた。頬杖を突こうとしたが、そういえばもう頭部は残っていなかったので、ひとまず残っている左手の神経だけ机にのせる。


 空に浮かんでいるのは、スペードとかハートとかの絵柄が浮かんだ雲だった。ときどき王様とか女王様とか、運が良いと道化師様とかが浮かんでいるが、ほとんどが単なる絵柄だ。


「神様は、この空に浮かび上がると、神様として最初の仕事をしました。それが何かわかりますか? ■■さん?」


「あ、はい」


 名前を呼ばれ、私はあわてて膵臓だけで立ち上がった。その拍子にわずかに残っていた肝臓がチョコレートソースになってしまうが、とにかく先生の質問は……あれ? なんだっけ!?


(やば、しっかり聞いてなかった!)


 私は焦る。そのとき、隣の席に積もっていた男子が、耳たぶの切れ端にメモ書きをしてそっと差し出してくれた。そこには『神様の最初の仕事』と書かれていた。


(ええと、神様の最初の仕事っていうと……)


 思い起こす。この空にやってきた神様の最初の仕事といえば、


「確か、全部を甘くした、です」


「はい、その通りですね。いいですよ、■■さん」


 となりの男子に小声でお礼を言いつつ、私はほっと膵臓をなでおろした。その拍子に残っていた体全部が崩れてしまったが、5時限目まで残っていたのだから上出来だろう。


 黒板の背面から前面に座りなおした先生は、なおも語る。


「神様がやってくるまで、全部は苦いものでした。だから、神様は全部を甘くしたのですね。そのおかげで、この世界は全部甘くなったのです」


 そこで、カチコチとチャイムが鳴った。


「今日はここまでですね。ああ、そういえば。この間配った進路希望調査の紙ですが、今週中に出してくださいね」


 それでは終わりにしましょう、と先生。ほとんどの生徒は起立なんてできないし、頭もほとんど残っていないので、声だけで礼をする。


 黒板消しに吸い取られてゆく先生を何の気なしに眺めていると、ふと声を掛けられた。


「■■、進路希望のやつ、もう書いた」

「あ、■■」


 友達の■■だ。こちらも体は崩れてしまっていて、モンブランの上履きに鼓膜と甘く煮たマロングラッセだけ載せていた。


「うん、もう書いたよ。まだ出してないけど」


 机の中から進路希望調査と書かれた紙を取り出した。第一希望から第三希望の欄まで、全部、『高校2年生』と書いてある。


「まあ、そりゃそうだよね」


 それをみて、友達も鼓膜だけで腕組みしながらうんうんとうなづく。


 高校2年生の私たちだが、進路といっても次もまた次もやるのは高校2年生と決まっていた。


「それにしても、なんで来年も再来年もその先も、ずっと高校2年生なのに、わざわざ進路調査なんてするんだろうね?」


「そりゃあ、高校2年生だからだからでしょ。大昔は、なんでも高校2年生の次は高校3年生になって、その次は大学生とか社会人とかになったらしいけど」


「え、そうなの?」


 私は思わず驚きの声を上げた。高校2年生の次に、高校3年生になるというのが、意味が分からなかった。


「そうなのって、この間の歴史の授業でやったじゃない」


 友達はあきれたように、


「なんでも神様が空にやってきて全部が甘くなる前は、『過去』とか『未来』っていうのがあったらしいよ。過去とか未来っていうのがあったころは、私たちは最初は赤ちゃんになって、次に幼児になって、幼稚園に通って小学校に通って、そのあと高校に行って大学行って、社会人になったり、それどころかお父さんとかお母さんになったんだってさ」


「へえ、お父さんとかあ母さんになるっていう世界があったんだね」


 正直、想像のできない世界だなと私は思った。私は高校2年生で、高校2年生以外をしたことなんてなかった。これまでもずっとずっと高校2年生で、これからもずっと高校2年生だ。高校2年生なので進路調査は当然するが、書くのは決まって高校2年生だ。


 あ、でも……


「小学生とかなら、ちょっとやってみたいかも」


「え、なんで?」


「だって、小学生ってことは、お持ち帰り用にカットされるんでしょ? ちょっとカットされてみたくない?」


 高校生は体をポロポロと崩すことしかできないが、小学生は希望すれば持ち帰り用に小分けにしてもらえるのだ。月末のお給料日近くになると、街行く大人たちが、小分けにされ、箱詰めされた小学生の子をテイクアウトしているのをよく見かける。


「この間、ウチのお父さんもカットされた子をテイクアウトしてきたくれたの。それがすっごく可愛くてね。思わず写真撮っちゃったんだ」


「あー、そういえばSNSにあげてたわね、あんた」


「そうそう、最近は小分けにするだけじゃなくて、SNS映えするようにトッピングしたり、二人とか三人とか、違う子を混ぜて何色にもしてくれたりとか、すごいサービスしてくれるお店が増えてきてね。それ見ると、私も小学生やってみたいなって」


「私はあんまりSNSとか興味ないかなあ」


「えー、いいじゃん、小学生。私たちも小分けにされたりしようよ」


 私は笑いながらそういった。もちろん、言ったところで私はずっと高校2年生なのだが……まあ、それでも夢を見るのは良いことだろう。


 私たちの見る夢は、いつだった甘いのだから。



「もーらいっと!」


「あ、ちょっと!」



 私は友達の上履きに乗っているマロングラッセと、友達だった鼓膜とをつまみ上げると、一口にほうばった。


 何もかも、甘い味がした。







 

思考を止め、忘却をお勧めいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 良い具合に訳がわからなかったです(分かっちゃ不味い気がします) [一言] →街行く大人たちが、小分けにされ、箱詰めされた小学生の子をテイクアウトしているのをよく見かける。 ここだけ見ると…
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