3/31の死
誰も降りぬ駅に独り佇む私。一時間に一本も来ない果ての駅。
そんなところに****は居る。いや、正確には『居た』。
毎日八時に降り、近隣の中学校へ向かう。生徒はわずか100名。皆、顔見知りである。
そんな****は今日異動する、はずである。死んでいなければ。
****は素晴らしい教師である。笑う姿に何処か影を漂わせ、虚ろな目でいつも空を見ていた。だが、本人は楽観主義であった。
今、六年間通ったと思われるこの駅に私はいる。よく解らないオブジェが青い光に照らされ、この町の悲壮感を比喩している。……財政的にもう持たない町であるのだから。
あぁ、春だというに寒い。傍らに雪が積もっている。終電はとうに行ってしまった。
無人駅なので追い出されることはないが、余計に寂しさを感じてしまう。来るはずのない電車に飛び込んでしまおうか? 流石に馬鹿らしいな。
――あの温もりをもう一度、一回だけでいいんだ。握手をして、微笑んでくれればそれでいい。それ以上は望まない。
私は、****が大切にしていたぬいぐるみをカバンから取り出すと、徐にカッターで切り裂き始めた。腕を、足を、頸を、顔を。そして、雑に線路へ投げ捨てた。
「あっははは……」
久々に嗤った。心から嗤った。****は善き人だ。私に笑顔を与えてくれる。
ここに来れただけで満足だ。何も思い残すことはない。
私は、全ての神秘を発こう。宗教の神秘を、自然の神秘を、死を、出生を、未来を、過去を、世の創生を、虚無を。幻は我が掌中にある。
……何の本だっただろうか。それすら思い出せないほど眠い。
エーテルを飲み干した我が身の感覚はなくなっていた。
ここは天国なのだろうか。ふわふわとした何かが身を包み、柔らかな光が照らしている。****が迎えに来てくれたのだろう。幸せだ、唯一の幸せだ。なんと素晴らしいことか!
私は常に正しく、間違っていた! 地獄から地獄に移っただけではないか。甘美たる****の誘惑よ、罪深いにもほどがある。
でも、いいのさ。これで。生きている意味のある者などいるはずがない。虚構で死ねれば最高じゃないか。皆、偽りのキマイラ。
****、私は死んだよ。つまらない喜劇なものだ。