フランスの三つ星レストランのソムリエだった私は気がつけば「蚊」になっていた〜身につけたワインの知識は「蚊」になっても役にたつ?〜
ソムリエが蚊に転生した。
私はふと気がつくと、小汚い部屋にいた。
目の前には、小太りの小汚いおじさんが座っている。
何が起こったのか理解できない。
私は、ついさっきまで、レストランでソムリエとして働いていたのである。
お得意様がいらっしゃるので、オススメのワインを取りに、ワインセラーの中に入ったはずである。
しかし、気がつけば、そこはワインセラーではなく、小太りの小汚いおじさんがいる小汚い部屋だった
私の視界には、長くとがった口が見える。おそらく、自分の口であろう。
自分の手を見ると、黒く、細長い。
なるほど。
私は、蚊になったのか。
さて、問題なのは、私の胸の鼓動である。
なぜだろう、目の前にいる小太りの小汚いおじさんが、魅力的に見える。
恋に落ちてしまったのであろうか?
確かに私は、整った綺麗な顔のお兄さんより、小汚いおじさんの方が好みである。
しかしだ、一目惚れなど、したことはない。
なんというか、小汚いおじさんから汗の匂いを感じるのだが、その匂いが、魅力的なのである。ワインの芳しい匂いに匹敵する、いや、それ以上に魅力的に感じる。
私はどうしてしまったのだろう。
この小太りの小汚いおじさんの汗が、ワインの香りよりも芳しいなどと、一流のソムリエとしてありえない。
私は、自分のことが抑えきれなくなり、その小太りの小汚いおじさんに向かって飛び立ってしまったのだ。自分の行動を抑えきれないほど高揚した私は、瞬く間に、小太りの小汚いおじさんの腕にとまっていた。
ゴクリ、と生唾を飲み込んだ。
そして、腕に向かって、私の口を突き刺した。
小太りの小汚いおじさんの血が、私の口の中に流れ込む。
なるほど、これは美味しい。
ヒトである時には、鉄の味しかしなかったが、なんと美味しいではないか。
私は夢中で、血を吸った。
年代物のワインをはるかに凌駕する、こくと旨味。
特に、中年の小太りの小汚いおじさんならではの、濃厚な味がたまらない。
美味しい。いや、美味しすぎる。
今までに飲んだ、どのワインよりも美味しい。
私は、血の虜になっていた。
だめっ、止まらない。
お腹がどんどんと膨らんでくるのを感じるが、私は、飲むのを止められない。
いつまでも飲み続けていたい。
私は、一心不乱に血を飲み続けた。
まさに至福の時である。
あ。
ペチッ。
あ。