初めての境界超え3〜冒険小説〜
「さあ、お兄ちゃん達、今度はこの洞窟を探索しよう!」
ローブ姿のツインテールの少女が傍に立つ男二人に声をかける。男二人は動きやすそうな鎧姿だ。
「燕、あまりはしゃぐとこの前みたいに床を踏み抜いてしまうよ」
踏み抜いたのか、よく無事だったな。
「兄上の言う通りだ。それにもうすぐ日が落ちる。モンスターが活発になってしまうから、中に入るのは明日にしよう」
兄二人に言われて、少女は落ち着きを取り戻す。
「うん、そうだね。じゃあ今日はここでキャンプだね」
三人はキャンプの用意をし始める。
そのうち、少女が焚き木用の枝を集めに行くと、その場を離れた。
「今だよ、蛍くん。その水瓶の水を彼女に飲ませてくるんだ!」
ボンヤリと三人の様子を見守っていたら、彼方さんに声をかけられる。慌てて、こっそりと少女の後を追った。
「あの、燕?」
背後から声をかける。
「あれ、けーきお兄ちゃん。今日はけーきお兄ちゃんなんだね?」
今日はってどう言うことだと固まっていると、首を傾げられた。
「いつもは、ゆうお兄ちゃんの姿で水瓶持ってくるじゃん」
もしかして、
「優一も来てたのか」
考えれば分かりそうなものである。本当に俺って何も考えずに読み進めるタイプなんだな。
「あ、別人さんなんだ。そうだよ。たまに別の男の人も来るけど」
彼方さんのことか?
「早く頂戴?」
何の事だと考えていると、笑われた。
「お水、飲んで欲しいんでしょ。新入りさんはうっかりさんだなぁ」
知らない人から、渡されたものを口に入れようとしないようにと鬼としては言うべきところなのかもしれないが、じゃあ飲まないと言われると困るのはこちらなので、水瓶ごと手渡す。
「燕、あのさ、俺ってちゃんとお前のこと守ってる?」
水瓶から美味しそうに水を飲む燕に問いかける。ここは冒険小説の世界だと言われた。きっとここは主人公の燕が兄二人と冒険をする物語の世界なのだろう。
水瓶から口を離して燕は嬉しそうに笑う。
「ゆうお兄ちゃんほどじゃないけど、頼りにしてるよ?」
その言葉にすごく安心した。
この燕は俺の妹の燕本人ではない。けれど、ここは燕の想像する物語の中だ。だから、無関係のはずがない。最近、何を考えているのかわからなくなってきていたが、大丈夫。燕は、俺の可愛い妹だ。早く、会いたい。
「ごちそうさま、またきてね」
この世界の燕に「また」とだけ返して彼方さんの元に戻る。
「うん。よく出来ました。さ、帰ろうか」
頷いたと同時に目の前が暗くなる。
目を開くとそこには、見知らぬ天井。
「おはよう、蛍くん」
声のした方に視線を向けると、起き上がろうとしている彼方さん。
「戻ってきた、んですか」
一瞬だったような、長かったような。
ボンヤリとしていると、色々と説明が入る。
「現実世界では五分くらいしか経ってないよ」
五分? それにしては疲れた。
「初任務お疲れ様。面白いでしょ? 今回は主人公が協力的で簡単だったけど、次からはこうはいかないよ。それに、一人で行ってもらうしね」
確かに、面白かった。他人の想像する物語に入るなんて本当にできるとは。
「って、何で物語の主が燕だって教えてくれなかったんです!?」
ビックリして、その後ほとんど声が出てなかった気がする。
「だって、驚く顔が見たかったし」
この人、綺麗な顔して意地が悪い。
「優一くんにも見せてあげたかったなぁ」
その言葉にハッとする。
「今何時だ!? 家に帰らないと!?」
そして、時計を見て落ち着きを取り戻す。ああ、五分しか経ってないんだっけ。まだまだ余裕だわ。
「ふふふっ」
笑われたが、これは仕方ない。寝起きみたいなものだから、寝ぼけていたせいだな、うん。
「さ、本をこっちに」
言われて、未だに本を抱えていたことに気付、あれ。
「二冊になってる?」
はじめに抱えていた白い本と、ピンクでファンシーな表紙の本。
「白い本が物語世界へのゲートみたいなもので、向こうでは水瓶の形になる」
挙手をして聞く。
「はい、何で水瓶なんですか?」
「さあ? これは上からの支給品だからね。私も詳しくないんだ」
彼方さんも何でも知っているわけでない事に少し安心。
「じゃあ、こっちが燕の物語ですね」
うーん、燕の趣味に合いそうな女の子向け冒険小説感溢れる表紙だ。
そうっと開こうとしたら取り上げられてしまった。
「はい駄目。これは原本みたいなものだから、すぐに本部に送らないといけないんだ。それに既刊分は優一くんから借りた方がいいんじゃない?」
そういう事ならば、と今読むのは諦める。一巻から読んだ方がいいに決まってるしな。
「その顔だと、バイト続けてくれそうだね。良かった。じゃあ、さっき渡した書類を早めに書いてきてね。後シフトは特に気にしなくていいから。暇な時に来てくれれば良いよ」
流れるように言われて、荷物をまとめる。
「今日はこれで終わりですか?」
まだ、日が高いのにこれで終わりでいいのか?
「うん、初めての境界越えで疲れたでしょ、それに」
何だ? 思わず身構える。
「帰りに燕ちゃんにケーキ買っていくんでしょう?」
なぜそれを!? 本当にこの人は食えない人だ。飽きないからいいけれど。
「それじゃあ、お疲れ様でした」
店を出てから、大事な事に気がつく。
狸! ああ、聞き忘れた。撫でてみたかった。どうせまた来るけれど、次は聞き忘れないようにしないと。