初めての境界超え1〜冒険小説〜
「君には、物語を集めてもらうことになる」
そう言われて、「はい分かりました」とは流石に言えない。
「どういう意味ですか? 買い付け、とか?」
頭の中に疑問符しか飛んでいない。
「あー、うん。初めは信じられないと思うんだけど」
なんて不穏な前置き!
「僕たちは、人の夢の世界というか精神世界というか。その世界の物語を記述して集めて、本にしているんだよ」
首を捻る。
「試しにやってみよう。そうすればわかるから。ちょうど良い依頼もあるし。あ、ちゃんと今回分のお給料も出すから、さ」
そう言われて、曖昧に頷く。
「じゃあ、その場で横になって」
なんだろう。なんなんだろう。と、思いつつ言われた通りにしてしまうのは彼方さんの不思議な雰囲気のせいだ。この人は嘘を付いていないと分かってしまう。
「はいこれ抱えて、目を閉じて」
渡されたのは一冊の本。表紙も背表紙も中も真っ白。
不思議そうに眺めていたら、ちゃぶ台の反対側で同じように寝転がった彼方さんにせっつかれる。
「ほら、目を閉じないと、飛ばせないよ?」
飛ばすってなんだと思いつつ、本が体から落ちないようにしっかりと抱え直し、目を瞑る。
何が起こるんだろうとソワソワしていたら、それはいきなりやってきた。
いきなり床がなくなったように体が落ちていったような。
どこまで落ちるんだろうか。不思議と恐怖心はない。
そもそも、床がなくなるってなんだ?
一体どうなっているんだ。
ぐちゃぐちゃと考えたせいで、それは何時間も続いたかに思えたが、実際は一瞬のことだったかもしれない。
とにかく、俺は落ちていった。
「ん」
気が付くと見知らぬ世界に立っていた。隣には彼方さん。
「あっさり入れたね。名字のおかげかな」
これは、もしかすると。
「ここが、精神世界、ですか?」
あっさりと受け入れてしまえるほど、この世界は元の世界と何もかもが違った。
見たこともない動植物のオンパレード。空にはドラゴンまで飛んでいる。
「そうだよ。こうやって私たちは精神世界に入って」
ここで俺の方を指差す。
「その水瓶の水を『物語の核』に飲ませることで、君が抱えて寝たあの本に記述することができる」
確かに、水瓶を抱えている。なんだこれ。いや、水瓶だけれども。
「あー、分かりました。いや、全然分からないことが分かったので、そのまま鵜呑みにします」
そういうと、安心したそぶりを見せた。
「あー良かった。発狂したりしなくて」
なんてことだ。
「発狂した人、いるんですか?」
なんて危ないことをやらせるんだ。
「いるけど、元の世界で『あれは夢』ってことにしてたから大丈夫」
それは、大丈夫なのだろうか。
「にしても、そのまま鵜呑みにするとは。蛍くんは推理小説とか、推理しないタイプだね? 無茶で無謀な冒険家タイプだね?」
褒められてない、よな。
「兄はどうだったんです?」
きっと兄もこの世界は受け入れたんだろう。だから四年もこの人のところでバイトできたのだ。
「優一くんは凄かったよ。片っ端から、事細かに説明を求めてきてね。あれは自分で謎を説くまで続きを読めないタイプだね」
はい、たまに『これって、読者にも解けるようになってるか確認してくれない?』って読みかけの推理小説を渡してきます。
「さて、これから私たちはこの世界を記述するために『物語の核』を探さなければならない。なんだか分かるかい?」
それは簡単だ。
「主人公、ですよね?」
自信はある。
「そう。大抵の場合、主人公だ。たまに変化球もあるけれど」
彼方さんは言葉を続ける。
「主人公は見れば分かる。というか、『物語の核』は見れば分かる」
首を捻る俺に微笑むと、「君はガンガン読み進めるタイプだったね。じゃあ、この物語もガンガン見に行こう」と、背中を押された。