バイト探し その2
と、いうわけで兄の元バイト先を紹介してもらえることになった。手掛かりだけのつもりだったんだが、まあいいか。
他はどこも距離が遠くて大変だし、ブラックバイトではないそうで安心。急に休んでも連絡さえすれば怒られないし、時給もそこそこ。場所は我が家と大学の間に存在する商店街の中にある。あのシャッター街でバイトを募集しているとは思っていなかったので今まで素通りしていた。
兄の紹介でも面接はする。兄からは「俺の弟なら大丈夫」という謎のお言葉を頂いた。まあ、私服で良いって言われている時点でこれで落ちる人は相当ヤバいだろうとは思う。
しかし、「店を見つけられなかったら、諦めろ」ってどういうことだ? 見つからないなんてことが、あるのか?
翌日、大学の帰りにシャッター街でバイト先捜索。
端から順に確認して行く。探すのは「夢乃書店」。本を読むのは好きだから、本に囲まれた空間で仕事できるのは嬉しい。
半分ほどまできたところで、首をひねる。前にも後ろにもシャッターしか見えない。今日は休みで面接だけなのか? 兄からはほぼ年中無休だと聞いたが。
ウニューン
なんだ? 今の音?
音の聞こえた右手の路地奥に狸がいた。え、今のって狸の鳴き声? 初めて聞いたぞ。ここら辺では凄く稀に狸に遭遇するものの、すぐ逃げてしまうのでこんな風にじっと見つめられたことはない。
物珍しさにスマホを構えてそろそろと近づく。面接には間に合うので寄り道しても平気だ。それより狸!
可愛いなぁ。もふもふしたい。
カシャ
シャッター音に驚いて逃げてしまうかと思ったが、意外にも数歩遠ざかっただけだった。なんという幸運。神様ありがとう。いやもうほんと、動物って癒しだよなぁ。
狸の後ろをつけてどんどんと路地の奥へと進んでいく。たまにこちらを振り向いて俺がついてきているのを確認しているのが不思議だ。人間慣れしすぎでは?
ウニューン
立ち止まって一鳴きして、猫用通路みたいなところから建物内に入っていく。
なんだ、飼い狸だったのか。た、狸だったよな? 猫じゃなくて。自信なくなってきた。
さてと、そろそろ面接に行かないと。写真を撮るためにずっと屈んでいたから膝が痛い。
カラン
ドアベルが鳴り、狸が入っていった建物のドアが開く。
「早かったね。さ、入って入って」
中から出てきた男性に話しかけられ戸惑ったが、ドアの上の看板に『夢乃書店』と書かれているのを見て察する。
「はい。坂井蛍樹です」
名乗って招かれるまま店内へと入る。
大通りから外れているものの、(商店街自体が辺鄙なところにあるが、)店内はそれなりに広かった。
「奥で仕事の説明するから」
スタスタとバックヤードに向かって行く彼に声をかける。
「あの、面接は?」
面接が先ではないのだろうか?
「いらないよ。ここに辿り着けるだけで貴重だから」
どういう意味だ? 店が見つからなかったら諦めろって言われたのと関係があるのか?
「それも含めて、説明するから」
妖怪サトリ……? なんか、優一に近いものを感じるぞ。
「優一くんとは四年間の付き合いだからね。私に似てしまったのかも」
本当に心を読まれているみたいだ。そうか、兄の読心術はこの人から学んだものだったのか。
「読心術って程のものではないよ。表情から何となく分かるだけ」
優しく微笑まれる。
「十分凄いですよ。でも、それはそれで大変そうですね」
知りたくない事も知ってしまいそうで。
「さてと、座って座って」
バックヤードは四畳半の和室だった。奥に他の部屋もあるようだったが、そちらは居住スペースだろうか。
言われた場所に腰を下ろすと、色々と書類を渡される。
「まずは自己紹介からかな。私はここの店長で、夢垣彼方。従妹に同業がいて後でややこしくなるから、下の名前で呼んで欲しい」
店長だったのか、若いな。いや、この立地で他にバイトを雇う余裕があるようには思えないけれど。
「じゃあ、彼方さんも俺のこと名前呼びでいいです」
兄のことも名前呼びだったしな。
「じゃあ、蛍くん」
そうきたか。ま、いいか。次は俺の番か。
「港国立大学理工学部一年、坂井蛍樹です。サークルは特に入ってません」
一応持ってきた履歴書を渡す。
「理系だと、レポートとか大変でしょ。締め切り間に合いそうになかったらバイト休んでも良いからね?」
親切すぎて、兄の紹介でなかったら疑ってかかるところだ。
「有難うございます」
しかし、有難いことに変わりはない。兄も休ませて貰っていたのだろうか。
「じゃあ、業務内容について説明するね」
言われて、カバンからメモ帳を取り出す。
「基本的には店番や掃除、品出しとかなんだけど」
ここで彼方さんは言葉を途切れさせた。
「君には、物語を集めてもらうことになる」