境界の旅人
バイト開始から数日。異世界に行ったのは初日のみで、後は店番が殆どだった。しかも、来店客が少ないうえに、顔馴染みしか来ないので俺は空気だった。彼方さんに紹介してもらって、おしまい。楽ではあるが、暇である。案内狸のぽこたろうをモフモフしていただけだ。
ぽこたろうって誰が名前を付けたんだろうか。
しかし、今日、やっと!
「異世界ですか!? 異世界ですよね!?」
彼方さんは目に見えて喜ぶ俺を座らせて話し始める。
「そうだよ。一応今回も難度は低めなところの仕事を貰って来たんだけどね。というかたまたま押し付けられただけなんだけど」
今回はストーリア本部から収集する物語が指定されたらしい。
「最近、ストーリーブレイカーって呼ばれる連中が増えて来ててね。奴らに狙われにくそうな物語世界だから大丈夫だと思うけれど、もし万が一出くわしたら、収集は諦めて物語世界から脱出しなさい」
神妙な面持ちで言われる。
「ストーリーブレイカー、ですか」
物語の登場人物以外からは普通に認識されるって言われたっけ。
「そう、SBって呼ばれる。ちなみに私たちはSC。ストーリーコレクターでSCって呼ばれる」
じゃあ、俺は駆け出しコレクターだ。なんか格好いい。
「なんで、壊すんですか?」
「彼らはね、成功者が気に食わないのさ。例えば、大企業の社長が会社の未来の物語世界を持っていたとする。それを壊されると、社長は成功の筋道を見失ってしまう。勿論、見えなくなるだけで無くなりはしない。けど、最悪の場合も存在する」
最悪の場合、か。事業がうまくいかなくなって倒産するとか、かな。そうすると、自殺者も出そうだ。考えるだけで嫌な気分になってくる。
「ただ、私たちは戦闘が専門じゃないからね。奴らを見かけても無茶せずに逃げなさい」
男子大学生なので、それなりに腕っ節には自信があるが、武器とか持ち出されたら敵いっこないしな。
「わかりました」
頷いた俺に紙束と白い本を手渡して来る。
「これ、マニュアルと世界情報だから頭に入れてから行ってね」
「はい」
店は彼方さんに任せて、面接で使った四畳半で資料を広げる。
「えっと、」
とりあえず、マニュアルから読むか。なになに? 【異世界冒険マニュアル 坂井優一】って優一が書いたのかよ。
あまり時間をかけてもしょうがないので、重要そうな部分だけ頭に叩き込む。じっくり読むのはまた今度にしよう。
一番重要なのは行き帰りの方法だな。えーと、行きは白い本に触れて心の中でこの呪文を唱える。帰りはこっちの呪文。行きの呪文は個人差あり。適正呪文を探すことが大事、か。適正呪文って何だろう。取り敢えず、書いてある呪文でいいか。兄弟だし、優一と一緒で行ける気がする。駄目だったら店の方にいる彼方さんに助けを求めればいいしな。
後は、物語の核の探し方、かな。白い本で大体の位置が分かるから、後は聞き込みと事前調査資料(と勘)を駆使して根性で探す。ってこの間、彼方さん本開いてなかったよな。聞き込みもしてなかったし。まさか、勘だけで迷わずたどり着いたのか? 恐るべし。
もう一つは世界情報。物語世界の主の個人情報と世界の構成情報。物語の核は主人公らしい。それよりも、かなりプライバシーがダダ漏れだけど、どうやって入手したんだろう。燕の個人情報も知られてるのだろうか。だとすると、俺の個人情報も載ってそうだよな。登場人物の一人だし。
気を取り直して、座布団を枕に横たわる。目を閉じてマニュアルに書いてあった呪文を心の中で唱える。
【我、境界之旅人也。境を超えて彼世界に行かん】




