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 約半年ぶりくらいに訪れた街は、まだまだ凍える寒さだというのに活気に満ち溢れていた。露店街に店を出す者達は雪溶けを知らせるピャルウッドという鳥が鳴き始めると、少しずつ露店の準備を始める。

 最近は玄関の前に飾るリースのような花の飾りが流行っているようで至る所に専門の露店が立っており、街全体を華やいだ雰囲気にしてくれていた。


 花もクジャール王国のことや、国間の橋が壊されたことを知らなければ心の底から楽しめたのにと内心ため息をつく。

 何はともあれ、物を揃えていかねばならないので必要な物を記したメモを取り出した。


「んーっと、まずは食べ物かなあ」


 これまでは持ち運びのことを考え何度か街に降りてくる必要があったが、今回はローナから報酬の前払いとしてもらった収納袋がある。

 これはただの収納袋と思うなかれ。何と生き物以外は何でも収納することができ、どんなに大きな物を入れても形は変わらず、どんなに重い物を入れても重さが変わらないと言うファンタジーもびっくりなリュックなのだ。



 かなり無茶振りな仕事を振られたが、これだけ素晴らしい物を貰えるなら安いものだったかもしれない。

 それに今回の納品でしっかりと稼いだので、今日の買い物はあまり節制する必要は無さそうだ。



 まずは肉類を調達すると決め、肉屋に向おうとした、その時だった。


「おいっ! 待て!! だ誰かそのガキ捕まえてくれっ!」


 突然、男性の怒鳴りつける声が街に響いた。

声のした方にむり向くと、人混みをすり抜けながら小さな子供がこちら側に走り抜けてくるのが見える。


 周囲の人も何事かと注目しているが、思った以上に子供がすばしっこく捕まえるには至っていないようだ。


 さて、どうしよう。

 捕まえるべきか、見逃すべきか。

 花のこの体ならあの子の動きを止めることは如何様にも出来るが、状況がわからない中で関わるべきか悩む。


 と、そんなことを考えていると何者かが花の右側をすり抜けた。


「カイ。止まれ」


 露店街の喧騒の中でも響く、低く重い声だった。


 声の主は先程花の横をすり抜けた男性のようだ。

花からは後ろ姿しか見えないが、かなり長身で冬の厚いコートの上からでも分かるがっしりとした背中。

 大きな荷物を背負っており、冒険者にも旅人にも見える。



 男性はこちらに走ってきた子供を見据えているようだった。子供はハアハアと肩で息をしているが、フードを目深にかぶっており表情は見えない。その子の手にはしっかりとリコの実が握られている。



「……カイもリコの実食べたい」

 小さな小さな声だったが、皆この2人に注目していたようでいつの間にか周囲は静かになっていたため、しっかりと聞き取ることができた。


 リコの実は日本の姫リンゴのような大きさで味もまさにリンゴ。これを加工したりんご飴のようなものが最近流行っており、特に子供に人気なおやつだった。



「食べたかったらお金を払って買うと教えなかったか。おまえのやったことは盗人と一緒だ」


 淡々と紡がれる言葉に子供は唇を噛み締めぷるぷると震えている。



 そこで、先程大声を出したであろう恰幅の良い男性がノロノロと走ってきた。


「はぁはぁ、捕まえたっ……?」


 2人を取り囲むようにして集まった人たちを見て、頭に大きなハテナが浮かんでいる。


「カイ、謝れ」


 男性が促すも、子供は唇を噛み締めたまま。


「カイ」

 男性は言葉少なではあるが、この子に答えをださせようとしているように感じた。


「……めんなさい。ごめんなさい。」


 フードからはみ出たほっぺたには大粒の涙が流れている。

「貴方が店の主人ですか。息子が大変申し訳ないことをしました。謝って済むことではないですが、こちらはしっかり買わせていただきます。」


 そう言って男性が90度近く頭を下げる姿を見たら、店主も何も言えなくなったらしい。

 「ちゃんと教育しとけ」と捨て台詞を残し、お金を貰ってドスドスと帰っていった。



事の顛末を見届けると、少しずつ周りの時間も動き出す。しばらくすると、何事も無かったかのように、賑やかな露店沿いに戻っていた。


しかし花は何故かその2人から目を離せなかった。


さっきの子供のリコの実が食べたいという声は、何の事情も知らない花の心に引っかかっていた。

きっとこんな思いをして食べたリコの実は美味しくないに違いない。

 あの子が食べたかったのは、笑顔で買ってもらえるリコの実だったはず。


 そう思うといてもたってもいられず、近くの露店に目をうつす。リコの実飴ほど流行ってはいないが、揚げたドーナツのようなものが売っていたのでそれを10個買った。


 よし、まだ熱々だ。


 幸い親子は歩き出そうとするところだった。



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