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ローナside
ローナは鉄製の門を抜け、先程まで商談をしていたハナの家を振り返った。
ハナは当然のようにスピーカーと呼ばれる魔道具を使用しているが、この国でこんな貴重なものを使用しているのは貴族か相当な金持ちだけだろう。それに、国の金庫ならまだしも守護魔法を家全体にかけるなんて聞いたことがない。
ふ、とハナと出会った時のことを思い出した。
ハナと出会ったのは3年前の雪溶けの季節だった。積雪の時期に備え、街の露店街が賑わいを見せる頃。
ローナはいつも通り、商品を納品するために露店街を訪れていた。いつもの常連のポーション販売店に着いたところで、店の前に水色の髪を一つくくりにして妙に大きなリュックを背負った女性が立っているのが見えた。中に入ろうとはせず、窓の隙間から中を覗く様子が見えたので最初は不審者だと思ったのだ。
「すみません。この店に用ですか?」
本当に不審者だといけないので、あえて笑顔を作り明るく声をかける。女性はビクッと身体を動かすと、慌てたようにこちらを振り向いた。
水色の髪に桃色の大きな瞳。
垂れ気味の目尻には小さな黒子があり、妙に色気のある女性だった。背丈はこの国の女性にしては高めだが、幼げな顔なのでまだ成年していないだろうか。
「あっ、猫、あ、すみません。あの、栄養剤みたいなの作ったんですけど、買い取ってくれるところを探してて……」
そういって、背負っていたリュックを下ろすと中から小瓶を取り出しこちらに見せてきた。
「栄養剤……?」
この人、ちっちゃい声で猫って言ったな。
猫じゃない、猫獣人だ。
この時かなり訝しげな顔をしていた自覚があったが恐る恐る受け取り、鑑定してみる。
◼️◼️◼️ハイポーション◼️◼️◼️
体力、魔力ともに消耗状態から回復することができる。
回復率95〜100
透明の瓶に入った赤色の液体は予想を裏切るハイポーションだった。
「ハイポーションですね。栄養剤なんて言うからローポーションかミドルポーションだと思いましたよ!」
ポーションは3段階に分かれており、普通の市場で出回るのはロー、ミドルのみ。ハイポーションは上級冒険者や騎士団など、死を覚悟するような闘いの前に特別に注文することがあり需要はあるものの、かなり高値のためポーション販売店に置かれることはなかった。
ハイポーション自体は珍しい物ではないが魔力含有が高いため、作成の際もかなりの魔力を消耗する。
そのため、ポーション売りのほとんどはハイポーションは作らず、ロー、ミドルを多く作成し売却することが多かった。
とりあえず不審者ではなかったようだ。
安心したローナは力を抜き、ハイポーションを女性へ返した。
「はい、お返ししますね。間違いなく売れますよ! ポーション売りは初めてですか? ミドルとローはありますか?」
そう尋ねるが、女性はコテンと首を傾げている。
「えっと、この赤色のポーション?しかもってないんです」
「え、その大量の荷物は?」
はい、そう言ってローナに見えるようにリュックを広げたので、覗き込むとリュック一杯にぎゅうぎゅうに詰められたハイポーションが見える。
リュックを覗き込んだまま、一切動かなくなったローナを見て女性は不安そうにしているが、そんなこと今のローナには関係ない。
「お嬢さんお名前は?」
「へっ?ハ、ハナです!」
「こちらのポーション全てハナさんが作りましたか?」
「はい」
「作成期間は?」
「1月くらいだと思います……」
「ひっひとっ……オホン。その間に魔力切れは起こしましたか?」
「魔力?魔力を使った気はしないんですけど、とりあえず何も体調変化はなかったです!」
ここまで間髪入れずに質問したが、どうやらこの人嘘はついてないようだと商人の勘が働く。
「……わかりました。私は商人、配達人を生業としているローナと申します。このポーション全ては、ポーション販売店では買い取ることができないでしょう。なぜかと申しますと、莫大な金額になるからです。しかし、私なら適切に買い取ることができますし適切な売却先を知っています。私と契約してください!」
もはやほぼ土下座だった。
なにやら偉そうなことを言っているが、正直どうでもいい。魔力切れも起こさず、一月でこの量のハイポーションを作るなんて頭の行かれた魔法使いしかありえない。
とにかくこの上客を逃してはならない。
その一心で頼み込む。
断られるかもしれないと思ったが、予想を反して明るい声が聞こえる。
「良かった! 私猫好きだから、嬉しいです! よろしくお願いします!」
この時ほど猫で良かったと思ったことはなかった。
そうして、ハナとの個人契約が始まったのだった。
この3年の間で、度肝を抜かれるようなことが沢山あったが、謎めいたところも含めハナのことは大好きだし、数少ない信用のおける客だと思っていた。
正直今回の仕事量は、やりすぎたかと思ったが、逆にハナ以外には頼める量と内容ではない。
ブツクサ文句を言いながらも、きっとハナなら何ともない顔をして納品してくるだろうことを想像し笑いがこみ上げてくる。
とりあえず、クジャールの情報を掴んでハナに教えてあげようと、歩き出すローナであった。