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猫獣人は決して珍しくはないが女性でありながら商人をし、配達まで行う者はかなり少ない。
人族の商人となると移動手段が馬か徒歩に限られるが、獣人は体力もあるし、かなりの速さで配達することができるので非常に重宝されている。
また、ローナのような女性商人は流行に敏感であり、香水や保湿剤、石鹸などからポーションや薬のような必需品まで幅広く取り扱っているため非常に売れっ子なのである。
花はとりあえず注文の品を置くと、ローナの対面に腰掛けた。
「そろそろ来る頃だとは思ったけど随分と朝早いんですね」
そう言うと、ローナは困ったように眉を下げた。ご機嫌で振られていた尻尾も、ペタンとソファにくっついてしまっている。
実は……そう言って話始めた内容には耳を疑ってしまった。
「アストラ王国とクジャール王国との関係が悪化しているのは知ってますよね?クジャール王国のバカ王子がバカ聖女にうつつを抜かしている話は有名だと思うんですけど、最近バカ聖女が魔石集めに凝っているとかで、自国に資源がないからって、アストラの魔鉱石に手を出そうとしてるみたいなんです。正当な金額と常識の範囲内での採掘なら検討するって伝えたみたいなんですけど、聖女の力を分けてやるから、いつでも採掘できる場所を確保しろだのなんだの喚いてるみたいで」
アストラ王国は四方を海で囲まれているが、唯一橋がかかり貿易が直接的に行われている国がクジャール王国である。国の大きさや資源はアストラ王国の方が恵まれているが、クジャールは他の国と大陸で繋がっており様々な貿易の仲介役を担っているため国際交流の要ともいえる国であった。
しかし、昨年急に聖女が天から舞い降りたとかで、聖女に王子が一目惚れをし婚約をしただの、天から特別な恩恵を授かっただの国が大混乱する騒ぎとなっていたのだ。
これが、本当に聖なる力を持った聖女なら、おめでたいことで済んでいたはずだった。
しかし残念なことに、この聖女はただ天から落ちてきたというだけで、1年以上経つ今も聖なる力を示したことは1度もないらしい。普通だったら間違いでしたで終わるのかもしれないが、厄介なことに一目惚れをした王子だけでなく王宮内の男性は、王を含め彼女にメロメロらしく、未だに彼女を聖女として扱っているらしかった。
最初にこの話を聞いた時、あれなんだか聞いたことあると思った。確か日本人だった頃、ネット小説で聖女だの悪役令嬢だの乙女ゲームだのが流行った時期があり、そこで逆ハーレムをしていた女の子の話を読んだ気がする。
流石に一国の王や王子がそんなアホなことする訳ないと思っていたが、現実で起こりうるとはと衝撃を受けたのを覚えている。
「でも、聖女の力もないのに聖女の力を分けてやるって意味不明だし、アストラ国王は瞬時に断ったらしいんですよ。そしたら、まさかの、国間の橋を壊したみたいなんです……」
開いた口がふさがらないとは正にこのことと言える。
「へっ?こ、壊した?」
口元がヒクヒクとひきつるのが分かった。
ローナの耳は完全にぺたんこになってしまっている。
「私も耳を疑いました。流石にこんなに馬鹿な国だとは思ってなかったんですけど」
「ば、馬鹿にもほどがある……」
国間の橋は、何百年と昔からある物で、老朽化が来るたびに修復魔法を幾度と掛け直し、両国で大事に大事にしてきたものなのだ。それを壊したなんて。
「そんなことがあって私たち商人はいまかなり厳しい状態なんです。ある程度の期間は自国内でのやり取りでまかなえるとは思うんですけど、実際に貿易ができなくなってしまったら色々なところに支障をきたしちゃうと思うんですよね……そ、こ、で、ハナさんには折り行ってお話があります。さ、お手を」
カチャッとティーカップを置くとプニプニの肉球が付いた手で私の両手をつかんだ。
げ……この出だしの時は大抵良くないことだとこの3年で嫌というほど学んだ。
「な、なんですか。」
ローナはオホンとわざとらしい咳をしてみせる。
「ポーション並びに薬品の生産量を増やして頂き、さらに追加で魔鉱石の加工と魔道具開発に取り組んで頂きたいですっ♡」
にーっこりと満面の笑みで花を見つめるローナ。
そんなの、私の答えは決まってる。
「絶対に嫌!!」
この勝負どちらに勝敗がついたかは次のページで分かることでしょう。