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自身が気を失っていた間の出来事を聞いた花は、ローナとラウルがとりあえず和解できたことに安堵のため息をついた。
ラウルもハナが目を覚まし、どこも変わりがないことを確認するとやっと膝から降ろしてくれたが、身体をぴったりと密着させ左手は花の腰に回している。
そして花の左側には、これまたぴったりとくっついたカイがいた。
その様子を見たローナが遠い目をしているような気がして、猛烈な恥ずかしさが押し寄せてくる。
「ラ、ラウル……恥ずかしいんだけど」
そう言ってモジモジと離れようとする花の腰をやや強引に引き寄せると、耳元でつぶやいた。
「鍛冶屋の息子のノクター」
ピキン、と背筋が凍り付く。ラウルと恋人になり彼の性質を知った花は、このことを知られると厳しい取り調べを受けることが分かっていたので、あえて黙っていたのだ。それをなぜ彼が知っている?
犯人は1人しかいない。ローナをじろりと恨みがましい目で睨むと、彼女は無言で手を合わせていた。
ご愁傷様とでも言いたげだ。
「あとでゆっくり話そうな」
アイコンタクトをしている花とローナを見て、にっこりと花に笑いかけたラウルの瞳が全然笑っていないことに気づき、また気が遠くなりそうだった。
「そうだっ! 私がここに来たのは目的があったんです!」
ふと思い出したように、鞄から何やら取り出したローナはごそごそとテーブルの上に紙を広げた。
「これ! 見てください!」
広げた紙にはズラッと文字が書いてあり、その横に竜のようなものが描かれている。
どうやら新聞のようで、見出しには”聖女は偽物だった!? 竜の怒りを買ったクジャール王”と書いてある。アストラの言語ではなかったが、不思議と読むことができた。
「ハナさんが竜人の情報を知りたいと言っていたから、色々な伝手をたどって調べていたの。だけど、国間の橋が壊されてしまったから中々情報をつかめなくて時間がかかってしまって。偶然クジャール国内で発行されている新聞を仕入れることができたから、見てみたらこんな記事が載っていて……。ハナさんが竜人のことを知りたがっていたのは関係あるの?」
花が何かとんでもないことに関わろうとしているのではと、ローナはここに来るまで心配でたまらなかった。
記事を要約すると、竜人1人を殺し他の竜人を国から追い出したことを知ったヒュンドラ地方の竜人族が激怒し、近くクジャール王国に攻め入ろうとしている。といった内容であった。
思わず、ラウルを見つめるとわずかに震える指で新聞をつかみ見入っている。
「何故、ヒュンドラ地方の竜人がこのことを……?」
殺されたカイの父リュート以外は皆アストラへ逃げてきたはず。
その疑問に答えたのはローナだった。
「これは記事にもなっていない極秘情報ですが……この記事には竜人を追い出したと書いてありますが、どうやら皆殺しにしようとしていたみたいでクジャールの王国騎士団の副団長が間一髪竜人を国外へ逃がしたみたいなんです。国を出た竜人はヒュンドラ地方へこのことを知らせに向かったようです」
言い終えたローナは、明らかに何かを知っている様子の二人を見て訝し気に眉を寄せた。
「ハナさん……? あなた、何か知ってるの?」
これ以上、黙っているわけにはいかないだろう。しかし、当人ではない花がこのことをローナに打ち明けてよいものか悩み言葉に出せないでいた。
「この王国騎士団の副団長とは俺のことだ」
しばらく新聞に目を落としていたラウルは、静かに話しだした。
「へっ?……だって、出稼ぎに出てきた親子だって……。」
そこまで言いかけて、ローナは妙に納得してしまった。間違ってローナが攻撃してしまったとき、普通の人なら確実に倒れるはずの攻撃魔法だった。しかし彼は尋常ではない速度で反応していたし、その後の威圧感も只者ではないと感じていた。
「ハナはあなたのことを心底信頼していると聞いている。そのうえで話すが、ここにいるカイは竜人の子だ。」
そういうと、ローナは信じられないという目でカイを見た。
「でも、瞳の色が……。」
カイの瞳にかけられた認識阻害の魔法はいまだに効果を持っている。そのため、ローナには金色の瞳は見えていなかった。
先ほど、ローナに説明しなかった事実を伝えていくとローナの顔は驚愕に染まっていった。
「そんなことが……」
とても信じられない内容だったが、ハナが竜人の情報を得ようとしていたのも頷ける。すべて繋がったような気がした。
「ラウル……どうするの?」
なぜラウルが今回竜人族を逃がす方法をとったのかというと、もちろん早急に動く必要があったことも原因ではあるが、何よりこれ以上多くの血を流したくないという思いがあったからだった。
騎士団員の中には、聖女が現れてからの王や王室内の人間の腐り様に怒り、これを機会に竜人族と結託して王宮もろとも一新したほうが良いのでは?という意見も多くあった。しかし、竜化した竜人の強さは王宮を焼き尽くすだけでは収まらないだろう。そうなると、無関係な国民まで危険にさらすこととなる。それだけは避けたかった。
「地図から反応が消えていたのはそういうわけだったんだな……。」
命をかけて守りたかったものがあった。
裏切られたような気分になったのであろう。自嘲した笑みを浮かべたラウルはふーっと深く息を吐くと目元を手で押さえソファに深くもたれかかった。
しばらく誰も言葉を発することができなかった。
この沈黙を破ったのは、先ほどから黙っていたカイだった。
「おじちゃん……ぼく、おじちゃんといっしょでよかった。おとうさんがいなくなって、おうちにだれもいなくなってすごく寂しかったけど、おじちゃんがおいしいものたべさせてくれるっていって、ほんとうにおいしいものたくさんたべれた。どうくつでねたときは、こわかったけどおじちゃんがずっとだっこしてくれてこわくなくなった。ここはすごく寒いけどハナちゃんにだっこしてもらって、あったかくなった。こんどはぼくがだっこしてあげるから、だから、なかないで。」
そう言ってカイはソファから降りると、ラウルの腰にしがみつき腹部に顔をうずめた。
実際にラウルの目には涙は浮かんでいなかったが、目元を押さえた姿を見て泣いていると思ったのだろう。拙い言葉ではあるが、必死に思いを伝えようとしているカイを見て花は涙が止まらなった。
目元を押さえていたラウルは、顔を下へ向けるとカイの頭を撫でた。
柔らかな金色の髪を撫でていると先ほどまでの激しい怒りや悲しみが和らいでいくのを感じる。
しばらく無言で撫でていたラウルだったが、何かを決心したかのように顔を上げた。
「ハナ、俺クジャールへ戻るよ」
聞きたくないと思っていたが、この3月でラウルのことを知り尽くしたハナはこの言葉を予想してもいた。
「……そう言うんじゃないかって思ってました」
涙を拭うと笑顔を浮かべわざと明るい声をだした。
そのやり取りを聞き、ローナは黙っていられなかった。
「んなっ! クジャールへ戻るって! 死にに行くようなものじゃ……。それに、国間の橋は壊されたんですよ!?」
「カイのような幼子がいたから、絶対に橋を渡ろうと思っていたが、俺一人だったら船でもなんでも使って忍び込むことはできる。大きな船だと国境警備に見つかる恐れがあるが、1人用の小さい船なら大丈夫だろう。これでも騎士団員だったんでな。抜け道には詳しいんだ」
先ほどまでラウルを不審者扱いしていたとは思えないくらい心配してくれている様子にラウルは微笑んだ。
「ラウルさん1人で行かせるわけないじゃないですか」
そう、間髪入れずに言ったのはハナだった。これには流石に驚きラウルもローナも花を見た。
花は妙に落ち着き払った表情で何かを決意したようでもあった。
「ローナさん、私の魔力量が底知れないこと知ってますよね? 守護魔法も攻撃魔法も使えます。私、どうしてこんなアホみたいな魔力持ってるんだろうって疑問だったんです。でも今その謎が解けました。多分、聖女と王室の人たちをぶっ飛ばして、クジャールの国民を守る。そのためだったんだと思います。これが余計な血を流さない最善の方法です」
「ハナ、それは絶対に認めない。ハナが危険に晒される必要なんてないんだ。これは、俺の国がしでかしたことなんだ」
ラウルはあえて鋭い目つきでハナを見据えたが、こちらを見返してくる桃色の瞳は絶対に折れない光を携えている。
「いい加減にしろ。絶対にダメだ……俺は……俺はハナとカイを失ったら今度こそおしまいだ。やっと、やっと愛する人たちを見つけることができたんだ」
自分が死ぬのはいい、だけどハナとカイの笑顔だけは守って死にたい。そうしなければ、俺は未来永劫幸せになることはないだろう。
花は涙声で話すラウルの手を握った。指先まで凍えるように冷たく、震えている。
「ラウル、私は毛頭死ぬつもりはないよ! なんてったって、チート能力がありますから!」
ニカっと笑った花を見て、ラウルもローナもカイも「チート?」と一斉に首を傾けた。
「ラウルは、自分の国がしでかしたことと言ってたけどそれを言うなら私にも責任を負う義務があるよ……多分だけど、その聖女は私と同じ世界からきてるから」
信用のおけるローナにもラウルにも言っていない、最後の秘密。
私が、地球で生まれ育った転移者であるということ。
ついに打ち明ける時がきてしまった。




