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 雪溶鳥のピャルウッドが鳴いてから、3月が経過しようとしていた。

 徐々に気温が上がってきたおかげで、難航していた雪溶けも例年通り進み始め白色と深い緑だけだった森にも鮮やかな色が混じり始める。


「カーイー!」

 花は両手を腰に当て、眉間にしわを寄せている。花の目線の先にいるのは森を探検して泥だらけになったカイだ。

「近くなら遊んでいいって言ったけど、お家を出るときは私かラウルに声をかけるって言わなかった?」

「ハナちゃんにいおうとしたもん。そしたら、お庭にニャーゴがいたからすこしだけあそぼうとおもったんだけど、あっちにいっちゃったから……」

 ハナの無言の圧を感じて徐々に言葉尻が小さくなっていく。


「カイ? ハナちゃんがなんで怒ってるのかわかる?」

 しゃがみこみ、目線を合わせるとカイは気まずげに目線を逸らした。


「カイがひとりであそびにいったから。 あとどろんこだから」

 そう言って上着の裾をぎゅっと握り、自身のつま先を見ている。

「1人で遊んじゃいけないって言ってるわけじゃないよ。ただ、急にいなくなったらカイどこにいるのか、悲しい思いをしていないかすっごく心配になるの。だから、絶対に内緒でいなくならないで。あと、どろんこになったのは怒ってないよ」


 頬についた泥を手で拭うと、カイはやっと顔を上げもう怒ってはいないだろうか、と花の表情を注意深く観察している。

「……ごめんなさい。……おじちゃんにおこられちゃうかな」

 ラウルが自身を探しにいってまだ戻っていないことを思い出して再度目を伏せた。


 カイが家にいないとわかり、ラウルはすぐに飛び出していったがその5分くらい後にカイは自分で帰ってきたのだ。もし、カイが帰ってきたらいけないからハナは家にいてくれと、的確な指示を出して風のような速さで出て行ったラウルは伊達に一国の騎士団副団長じゃない。


「大丈夫。カイのことは私がしっかり叱ったから怒らないでって言っておくから。さ、泥んこを落としておいで」

 そう言って、家の中へ入れると今更ながらに自分がどれだけ心配をかけたのか実感してきたのだろう。ヒックヒックと泣きながら家へ戻っていった。



「さて、どうしよっかな」

 こういう時に、連絡手段がないのは不便だ。ラウルはクジャールの民であるため魔力を持っていないのもまた痛手だった。魔力があればスピーカーに登録した生体反応を追うこともできるが、それもできない。

 カイをまた1人にするのも嫌だったのでしばらく玄関の前で考え込んでいた。


 その時だった。


 唐突に森の空気が震えるのが分かり、家の近くで魔術が使われたのが分かった。

 咄嗟に家の守護魔法がかかっていることを確認する。


 次に聞こえた声にハナは全身の力が抜けていくのが分かった。

「なにもんだこんにゃろーーーー!」


 そう、猫獣人のローナの声だった。3か月振りに聞いた彼女の声を聞き、普段なら安心するが今回ばかりはとてつもなく嫌な予感がする。

 慌てて家の門をでて声のしたほうに走っていくと、そこにはフーフーと息を荒げ次の攻撃を繰り出そうと構えているローナがおりその目線の先を追うと、地面に片膝をついているラウルがいた。


 今にも2度目の攻撃を繰り出そうとしているため、咄嗟にラウルの前にかばい出た。


「ハナッ!?」


 突然目の前に現れたハナに驚いたローナは、慌てて手をおろした。


「ローナさんっ、この人悪い人じゃないの!」

 とりあえず、手短にラウルが無害であることを伝える。

 慌てて、ラウルの方へ振り返ると風魔法でところどころ切り傷を負っていたが、命に別状はないようだ。


「ラウルッ、よかった!」

 無事を確認してほっと安堵した花はラウルに抱き着いたまま、急激に身体の力が抜けて視界がブラックアウトしていくのを感じた。

















「……ナ……ハナ」

 誰かが自分を呼ぶ声が聞こえる。

 ふ、と上昇した意識の中で徐々に視界がクリアになっていき、こちらを心配そうに覗き込む2人の人間と猫の顔が見えた。


「……ん?猫ちゃん……」

 そう言って起き上がると、自身がラウルの膝に横抱きになっていることに気が付く。


「へっ? ちょ、ちょなんで膝の上!?」

 よくよく見ると、猫ではなく猫獣人のローナであったが最早そんなことはどうでもいい。絞め殺しそうな勢いで花を抱きしめてくるラウルに戸惑いが隠せない。


「ラウル? どうしたの?」

 そう尋ねるも無言で体を震わせているラウルの様子を見て、自身が倒れる前の出来事を思い出した。


「あー!ローナさんがラウルを攻撃してっ」

 突如思い出した花がローナの顔を見ると、申し訳なさげに髭と耳をペタンと倒している。







 花が突如意識を失ったのを見て、ラウルもローナも取り乱した。

「ハナさんが悪者じゃないって言ってたけど、あんたハナさんとどんな関係なの!?」

「恋人だ。嘘じゃない。家の守護魔法にも登録されている。というか、それを俺は説明しようとしたのに、そっちが勝手に攻撃してきたんだが?」


 ラウルは力の抜けたハナを抱き上げると、口元に耳をあて呼吸が問題ないことを確認し家へと歩き出した。


「んなっ!? 恋人!? そんな話聞いて……」

「なぜ、あなたに言う必要が? あなたハナの取引相手だろ? 話は聞いてる。とにかく入ってください」

 いまだ戸惑いを隠せないローナは、極冷静にしかし確実に怒気を孕んだ薄暗い瞳でローナを見据えるラウルに本能的な恐怖を感じた。


 しかし、ハナが守護魔法に登録したということは本当に怪しいものではないのだろう。

 びりびりと感じる怒気に、全身の毛を逆なでながらも大人しくついていくのだった。





 2人が家に着くと、カイがハナを探して泣きながら歩き回っているのが見えた。

 ラウルはホッと安堵したように、大きくため息をつくとカイの頭を強く撫でる。それはいつものような柔らかいものではなく、色々な思いのこもったもので、カイも幼いながらそれを感じ取っていた。


 ーー恋人が現れたと思ったら、今度は子供がでてきた。これを見て、ローナの頭にはさらに大きなハテナが浮かぶ。


「意味わからないですよね……。はぁ、少し冷静になりました。説明するので、リビングで話しましょう」


 カイが家に帰っていたことで安堵したラウルは、先ほどまでの剣呑な雰囲気を静め、瞳に穏やかな温さを戻した。



 こうして、ここに至るまでの経緯を聞いたローナは、話も聞かず不審者と決めつけ攻撃してしまったことを平謝りし和解することとなったのだった。


 もちろん、カイが竜人であることは伝えず、ただクジャールからを脱出してきた親子ということで説明してある。


「前に、ハナさんのことを付け回した男がいて、きっとまたその類だろうと思ったんです。こんな森の深くに人を見かけることはあまり無いから」

 そういって、懺悔しているローナはラウルの瞳が鋭く尖ったことに気が付かない。

「ほう。付け回した男、ですか」


 再度剣呑な雰囲気を感じ取ったローナが顔を上げると、にっこりとほほ笑むラウルが映った。

「今の部分、もう少し詳しく聞かせてもらえますか?」



 ハナよ、ごめんなさい。私、この人には嘘つけません。すべて白状することをゆるしてください。

 心の中でハナに土下座し、すべてを吐いてしまうローナだった。



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