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ラウルside


 ラウルには目下の悩みがあった。

 それは幸せすぎることだ。

 何を贅沢なことを、と思われるかもしれないが今まで歩んできた30数年の人生の中で、この一月半が1番幸せだと胸を張って言うことができ、それが恐ろしくもあった。

 

 クジャールを出た時、命をかけてでもカイを竜人族の皆に引き渡す、ただそれだけを心の真ん中に置いて守ってきた。

 それが今では、我が子のように可愛く、愛しく、カイが泣くと自身の心が引き裂かれるようなそんな痛みを感じる存在となっていた。

 いつかは竜人と暮らした方が良いと思う気持ちと、このままカイの成長する姿を見ていきたいという気持ち。

 それらがぐちゃぐちゃと混じり合い、いつか来る別れを想像するとこの幸せが怖く感じてしまう。


 


 夕食が終わり、暖炉の前でコーヒーを飲んでいるとカイとハナが紙とペンを持ってきて何かを描き始めた。

 どうやら互いにお題を出し合い、その物の絵と名前を書くという遊びらしい。ハナは、カイに文字を教えたいと言ってくれていたから、勉強を含めた遊びなのだろう。

 カイは存外に絵が上手く、また文字を覚えるのも早かった。何か新しいことを学ぶことが楽しくて仕方がないといった様子で、最近は疑問に思った事を文字に書き留め、それをラウルやハナに質問するようにまでなっていた。


「カイっ、やっぱ天才だわ!」


今は動物の絵を描きあっているらしい。ジャルーガと呼ばれる猛獣だが、とても6歳の子供が描く絵とは思えないほどのリアリティと迫力がある。


「カイ、すごく上手だ。だが、ジャルーガなんて見たことないだろう?」

ラウルが頭をくしゃくしゃと撫でると、嬉しさ半分、恥ずかしさ半分といった顔で肩をすくめた。

「ハナちゃんからもらったほんにいたよ」


 

 なるほど、図鑑のようなものを渡していた気がするが、それをもとに書いたということか。


「ねぇ、ラウルさんすごいよね」

そう言って、ハナはギュウギュウとカイを抱きしめながら、穏やかな笑みでこちらを見た。


 その瞬間、ドクッと心臓が音を立て締め付けられるような甘い疼きが生まれる。

 そう、幸せすぎて怖い2つ目の理由がハナだ。

 ハナと出会って一月も経たずして、彼女の魅力に夢中になったラウルだったが、ハナはただ親切心だけで宿泊させてくれているだけなのに、こんな執着にも似た思いを持ってしまっている自分をとても醜く感じていた。



 当初、この宿泊は雪溶けが進み峠への道が確保されれば終了で、目安を一月としていた。

 これはカイにも伝えていた事であり、徐々に近づいてきているタイムリミットを考えるとカイもラウルも非常に憂鬱な気持ちになっていた。

 カイはよっぽどハナに懐いたのだろう。そろそろ出ていかなければならない時期に差し掛かると、情緒不安定な状態が増えた。2人にとって、ハナは無くてはならないものになっていたのだ。


 今年は積雪量がかなり多かったようで、雪溶けがうまく進まず峠までの道も未だ雪で覆われている可能性が高い。

 「もうちょっと、泊まって行きませんか?」


 そう言われた時は神に感謝した。そしてこの幸運や、カイからの言葉に背を押され、ハナに自身の思いを告白することにしたのだ。

 もし、気持ち悪いと思われてしまったらカイだけでもここに泊めてもらい、ラウルは出て行く。そこまでの計画を立て行った告白であったが、頬を染め、なんなら耳まで真っ赤になったハナがコクンと頷いてくれた時は柄にも無く、少し泣いてしまった。



 かつて、こんなにも人を愛せるとは思っていなかった。自身は欠陥品なのだと思っていた。




「ハナ、またラウルさんになってる。ラウルでいい。」

 そう言って、彼女の形のいい後頭部に手を当て少し引き寄せると間に挟まれたカイがぐぇと声を漏らした。

 柔らかな水色の髪を撫で、目元を赤くして瞳を潤ませ見上げてくるハナを見て堪らなくなる。

 真ん中で凝視してくるカイの目元を掌で隠すと、少し半開きになった薄桃色の唇に口付けた。

 


「ハナ、愛してる」


 そっと唇を離し、小さい声で呟くと彼女の顔が見る見る赤くなっていく。首元まで赤く染まった彼女を見て、これ以上は自分が危ないと思い手を離した。


 口元を手で押さえたハナが上目に睨んでくるがまったく怖くない。

「ラウルっ。カイもいるのに、そんなことしちゃだめっ!んもぅっ!」


 恥ずかしいのかクッションをぽすぽすと叩くハナに愛しさがつのる。

 彼女はどこまで俺を夢中にさせれば気が済むんだろうと疑問がわく。手を口元にあて「ふむ」と呟いたラウルを見て、ハナはクッションでラウルの頭をぽすっと叩いた。


「ふむじゃないわー!」


「はなちゃんおかおまっかっか。どうして、おじちゃんをたたいてるの? けんかしたの?」

カイは2人が喧嘩したと思って、おろおろと2人を見ている。その様子に、ぶはっと堪えきれず笑ってしまった。



 ーーこの瞬間がずっと続きますように。

 ラウルはそう願うのだった。


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[一言]  クジャールを出た時、命をかけてでもカイを龍人族の皆に引き渡す、ただそれだけを心の真ん中に置いて守ってきた。  それが今では、我が子のように可愛く、愛しく、カイが泣くと自身の心が引き裂かれる…
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