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 あれから一月半ほど経った。その間何度か街に降りたが、国間の橋が壊されたことが徐々に広まってきた為か商人や物売り達の間では不穏な雰囲気が高まっており、予想通り少しでも輸入品を買い占めようとする人々で露店街は今までにない混雑となっていた。


 花とラウルは竜人のことが少しでも噂になっていないか調べていたが、そちらの方は目ぼしい情報を得ることができず、また地図にも未だ反応は見られずラウルは目に見えて落胆することとなった。

 情報通のローナにも伝書鳥を用いて連絡してみたが返事はまだない。

 さらに、今年は積雪量がかなり多かったこともあり雪溶けが進まず、当初落ち合う予定だったダッタル峠へと向かえていないのもまたマイナスだった。





 この一月半の間で変わったことが2つある。

 1つはカイの夜泣きが格段に減ってきたこと。以前にも寂しい、悲しいという思いを抑圧し、泣かなくなったことがあったが今回は違うようだった。

 カイの母は、カイが物心つく前に病死してしまったため甘えたい盛りに甘えることができなかった。また、唯一の心の支えであった父も亡くし絶望の淵であったところを、ラウルと過ごす中で少しずつ心溶かしていった。


 さらに、そこに小言を言いながらも無条件で甘やかしてくれる花の存在が足され、凍った心はほとんど溶けたようで、しっかりと子供らしく甘えられるようになってきた。



「ハナちゃん、きょうのごはんはなに?」

 包丁や火を使うときは危ないのでキッチンに入っちゃいけないと言う約束をしっかり守っているカイは、キッチンのドアに隠れて片目だけを出してこちらを見ている。


  その様子が愛らしくてたまらなくなった花は、一度料理を中断すると手でこっちへおいでと招き寄せた。


「はいっていいの?」

「今は危ないものが無いからいいよ。カイお腹空いちゃった?」

 トコトコと歩いてくると、へにょんと眉を下げ頷いた。

「じゃあ、1個だけ甘いのあげる。ご飯の前だからお腹いっぱいになるといけないからね」


 そう言ってデザートに用意していたリコの実のシラップ漬けをひとつだけ口に放り込んであげると、カイは両手で頬っぺたを抑えて「ぉいし〜」と震えており、まるで鳥の親子が餌付けしているみたいだと笑いがこみ上げてきた。



 ドタドタとキッチンから出ていったカイは「リコの実貰った〜」となにやら大声で話している。

 その後しばらくしてまた、キッチンの隙間から覗く人の気配を感じ、そちらを見ると今度はラウルが片目だけだして立っていた。



「ええっ? 何してるの?」

 予想外の人で、ぶっと吹き出してしまった。

「カイがリコの実をもらったと自慢していたから、俺も貰えないかと覗きにきた」


 真顔でそう言い募るラウルに笑いが止まらなくなる。


「カイとまったく同じ顔してる」

 笑いながらそう言うと、憮然とした顔でキッチンに入り込んできた。


 ラウルは花の後ろに立つと、スルリとその無骨な手を花の腰に回し顎をポテンと右肩に乗せる。

「カイはこんな風に抱きつかないだろ」


 耳元で聞こえる低い声に、背筋をなぞられたようにびくついてしまう。



 そう、これが変わったことの2つ目だった。


 あれからラウルと花は色々な事を話していく中でお互いの性格、考え方や笑いのツボ、価値観、食事の趣味どれもが一致する事に気付いた。

 そして、お互いが相手への好意を自覚していた。

 しかし、ラウルはカイの保護者であり、花は一時の宿主に過ぎないと、互いが惹かれる心にブレーキをかけていたため関係が発展していくことはなかった。


 そんな、妙な雰囲気をいち早く察したのがカイだった。



「ふたりはすきどうしなの?」

「ぼくハナちゃんがお母さんで、おじちゃんがお父さんがよかった」

「ずっとここに3人でいたい」


 そんな言葉を毎日のように伝えてくるカイに背中を押されたラウルが、ハナへ想いを告げることになり、2人は晴れて恋人同士になったのだった。


 ラウルは淡々として落ち着いた印象であったため恋人になったからと言って、何かが大きく変わるとは思っていなかったが、その考えが甘かったことに気付かされた。






「ラウル、包丁持ってるから危ないよ。それにカイが見たら大騒ぎするからやめて」

 ぎゅうぎゅうと抱きつき、不穏な動きをしている手をペシンと叩くとラウルは不満げな声を漏らした。

「じゃあ包丁を置いたらいい。少しでも花と一緒にいたいだけだ」


 子供のように屁理屈を言うラウルは、とてもクールな落ち着いた男だったとは思えない。

 元々愛情深く、言うなれば少しヤンデレ気質を備えていたラウルは隙あらば花とくっつこうとしてくる。あまりのギャップに最初は戸惑った花だったが、現在では猛獣使いよろしくラウルをたしなめることに特化してきている。


「はいはい、置きました。じゃあお口開けて」

 包丁を置いて、さっと振り向くと向かい合う形になった。リコの実を1つ瓶から取り出してラウルの口元へ持っていくと、身長差があるためラウルの顔が近づいてくる。その隙を狙って、ラウルの口の端にちゅっと口付けてリコの実を口に放り込む。

 ラウルは自分からはベタベタしてくるくせに、花からの突然の攻撃に弱いので、頬を赤らめると口元を手のひらで押さえてよろけた。



「か、かわいすぎる……犯罪だ……」


 もぐもぐと咀嚼しながら何かを呟いている。

「さ、もう直ぐ出来上がるから食器の準備してきてくださいっ!」


 形勢逆転で、「はい」と小さく返事をしたラウルはよたよたとキッチンから出ていった。

 その様子を見ていた花は、扱いやすいヤンデレならウェルカムだなと思い食事の支度に戻るのだった。



 ちなみに、この瞬間を誰にも見られていないと思ったら大間違い。金色の瞳の坊やはしっかりと2人の様子を見ており、この後2人を質問攻めしとても恥ずかしい思いをすることになるのであった。



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