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 パシン、パシンと一定の間隔で何かが空気を切り裂く音が聞こえる。


 ふ、と目を開けるとカーテンの隙間から空が見えた。

「・・・朝か」

 まだ日の出前の濃い青が広がる静かな時間。

 鳥も獣も虫もいなくなってしまったような静けさを呈するこのブルーアワーが花は大好きだった。

 まだボーッとしたままの頭でカーテンを開けると、庭の残雪の中で若草色の髪をした男性が何かを振り下ろしているのが見えた。


「ラウルさん?」


 先程から聞こえていた音は、彼が薪割りをしている音だったようだ。

 昨日、泊めてくれるなら何かさせて欲しいと頼み込まれ、暖炉用の薪割りを頼んだことを思い出す。


「こんなに早起きなんだ」


 そういえば彼は元々騎士団にいたということだから、早起きのくせがついているのだろうか。



 のそのそとベッドから降りるとガウンを羽織り、髪を適当にポニーテールにする。朝のこの時間は1番気温が下がるため、息を吐くと視界が真っ白になる。この寒さでカイはしっかり眠れているだろうか、と心配になった。



 客間の扉をゆっくり開けると、まだ暖炉には小さく火が灯っており部屋は暖かい。

 ベッドの真ん中はこんもりと盛り上がっており、カイはまだ眠っているようだった。

 久しぶりに柔らかな布団で眠れたのだ。思う存分寝かしてあげよう。


 カイが目を覚さないよう静かに扉を閉め、キッチンに向かった。



 ラウルは紅茶よりコーヒー派ということが分かったので、コーヒーミルでガリガリと豆を挽く。コーヒー豆は行きつけの露店で大量に仕入れ、時間がある時にまとめて煎って保存容器に詰めてある。

 容器を覗くとそろそろ底が見えてきていた。


 ペーパーで濾過しながら、ゆっくりと湯を回し入れるとコーヒーの濃厚な香りが部屋中に充満していく。

 この瞬間が幸せだった。


 日本でOLをしていた時は毎日ギリギリまで寝て慌てて出ていくことが常だったので、コーヒー豆を挽くなんて絶対にあり得なかったと思う。


 二人分ついだコーヒーを持ってリビングへ向かった。

 暖炉の火をつけ、部屋を暖める。

 そして、庭のウッドデッキに繋がる窓を開けた。


「ラウルさん、おはようございます!」


 柵から身を乗り出して声をかけると、若草色の彼が振り向いた。

 ニコッと笑った彼に心が落ち着かなくなる。


「ハナ! 早いな。もしかして起こしたか?」


 彼は斧を薪割り台の上に置くと、こちらへ向かってきた。


「わたしも大体これくらいに起きてます。森がこんなに静かなのって、この時間だけだから」

 首を振りながら伝えると彼もああ、と頷いた。

「それなら良かった。俺もこの時間に身体を動かすのが好きなんだ。ハナが薪割りをさせてくれると言ってくれて助かった」

 そういって唇の端を少しだけ上げて笑った。

「薪割りが好きな人、初めて見ましたよ! 薪割りもいいですけど、ちょっと休憩しませんか?」

 間髪入れずにそう返すと今度は大きな口を開けて笑った。


「ありがとう。今そっちに行く」










「花は今日魔鉱石削りとやらをするんだろう?」

 花とラウルはソファでコーヒーを飲みながら今日のスケジュール確認中だ。

 4月の猶予があるからといって、遊んでばかりはいられないのでまずは魔鉱石の荒削りを済ませてしまうことにした。

 そのあいだラウルは薪割りと、畑の下に埋まった野菜たちを掘り起こしてくれることになった。


「王宮には畑はなかったから、カイにさせてみたら喜ぶかもしれないな」


 そんなことを話している時だった。



 ぐすっぐすっと鼻をすする音がしたため振り向くと、いつの間にかカイが目を擦りながら立っていた。

「カイ!」

「カイ君! おはよう。どうした?」


 すぐに駆け寄り、床に膝をついて目線を合わせる。


「おとうさんもおかあさんもいなくなっちゃった。どこにいっちゃったの」

 小麦色に輝く瞳は真っ赤に充血している。


 ラウルも慌てて駆け寄ってくるとカイを強く抱きしめた。

「近頃は落ち着いてたんだ。クジャールを出てすぐから毎朝毎晩親を思い出して泣くようになった。少しずつ落ち着いてきてると思っていたが、我慢していただけだったんだな」

 ひっくひっくと嗚咽をこぼしながら泣くカイを見て、花の目にも涙が溜まってくる。


 温かい布団に包まれ、全て夢である事を強く願っただろう。けれど起きたら誰もいなかった。

 その絶望は他人には推し量れない。


「カイ君……」


 サラサラの金色の髪を撫でることしかできない。

「カイ君、起きて誰もいないの怖かったよね。ごめんね。あったかくてあまーい飲み物作ってあげる。待っててね」


 そう声をかけるもカイからは何の反応もない。


 ミルクに蜜を入れ、少しだけ紅茶を混ぜた。

 温かい飲み物で凍った心を少しでも溶かしてあげたかった。





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