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 食器を片付けているとラウルがリビングに戻ってきた。


「カイが中々スプーンを離さなくて時間がかかった」

 そう言って掲げた右手には戦利品のスプーンが握られており、場面を想像すると笑いがこみ上げてくる。


「そんなに美味しいと思ってくれたなら良かった。部屋は寒くなかったですか?」

「ああ、ハナが暖炉に火を入れてくれていたから暖かかった。色々とすまないな」

 この国ではほぼ一年中真冬か、雪が溶けても秋くらいの気温なので、生活の全てを薪の火でおこなっていたらとんでもないことになる。それが魔道具が開発されてからは暖炉などの限られたところに使用するだけですむようになった。


「いえいえ、今度はラウルさんが身体を休める番ですよ。まだ眠くないですか?」

 皿をカチャカチャと重ねていると、ラウルが自然に手伝ってくれる。

「まだ眠くはない。これくらいやらせてくれ」

 申し訳ないと思ったが、素直に申し出を受けることにした。

「ありがとうございます。じゃあ、まだ寝ないと言うことで、今から美味しいお酒でも飲んじゃいます?」

 そう言うと、また困った表情でポリポリと頬を掻く。

 その表情に迷惑だったかと不安になる。


「これだけしてもらっておいて何だが、その、酒が呑めるのは非常にありがたい」


 困った表情の中に嬉しさが滲み出てるラウルを見て、何だかこちらまで嬉しくなる。


「ふふっ、そんな顔するから飲めないのかと思った」


「いや、酒はかなり好きだ。ただ、まだ竜人とも連絡が取れていない中で、俺達だけこんなに幸せでいいのか分からなくなる」


 今度は本当に困った顔だった。

 端正な顔に滲む疲労は、この旅が相当過酷だったことを表している。この人は、自分は関係ない、と幸せに生きることもできたはずだった。それを自分の命を盾にしてまで竜人を国民を、守ろうとしている。


「ラウルさん、何も知らない私が言えることは無いですが、これからまだまだ旅は続くのでしょう?休める時にしっかり休む。遥々アストラへ来てくださったんだから歓迎だと思ってください」


 そう言うと、ラウルは暫く考えていたようだが、小さく頷いた。

「じゃあ……お言葉に甘えて」


「良かった。そしたら食器運ぶの手伝ってくれますか?」



 2人で運べばテーブルはすぐに綺麗になった。

 ラウルは暖炉の前のソファに座っててもらい、ハナはお酒と少しのつまみを準備し始める。


 チーズとナッツがあったので木皿に並べ、アルコール用のグラスと瓶の酒を持っていく。ラウルは甘いお酒よりも辛口が好きとのことだったので、度数が高めのスッキリとした味のお酒にした。ハナはお酒は好きだが、口当たりの柔らかい酒か甘い方が好きなので、昨年からつけている果実酒をガラスの容器に注いだ。


「お待たせしました」




 それからの時間はとても居心地の良いものだった。

 暖炉のオレンジ色の柔らかい光が2人を包む。

 ぱちぱちと薪がはじける音と、外から聞こえる海鳴りのような風の音。


 それを聴きながら、お互いのことをポツリポツリと話した。ラウルは何故花がこの広い家に一人で住んでいるのか気になっているだろうが、そこまでは決して踏み込んでこない。

 ただ、仕事の内容を話すととても興味をそそられたようだ。魔法や魔道具の話になると少年のように目をキラキラさせるラウルを見て笑ってしまった。


「ラウルさん、これからどのように竜人を探すのですか?」

 生存を示す地図には未だ反応がないと言う。

「そうだな・・・この地図がどれくらいの精密さかは分からない。だから生きていると信じて、当初落ち合うことを約束していた場所に向かうしかないな。」


 しかし、アストラはまだ雪溶けの初旬だ。まだまだ雪は残っているし、旅は難航するだろう。


「もし良かったらですけど。あと一月ほどすると、雪溶けがもっと進みます。そうなると旅もしやすくなるかと思います。

 その間、ここに泊まっていかれませんか?」


 予想外の申し出だったのであろう。

 ラウルは大きく目を開きこちらを見た。

「いや、そこまでしてもらうわけにはいかない。俺には返せるものがない。貯蓄も旅の準備や手配でほとんど無くなってしまったし、今はもう何の肩書もない」


「ラウルさん、私お金が欲しいわけでも、何か名誉が欲しいわけでもありません。私がこの国に来たのは3年前です。それまでは遥か遠い国で生活をしていました。見ず知らずの土地で生きていくことはとても心細いものだと知っています。私も周りのひとに助けられて、今何とか生活できているんです。今度はわたしが何かする番だと思っています。それが理由じゃダメですか?」


 私もあの日、この家のベッドで目覚めてから順風満帆に生きてきた訳ではない。何故かこの国の事や家の事を理解していたが、これを現実だと思って生活するにはとても時間を要した。気を抜くとパニックになりそうな自分を誤魔化し誤魔化し、生き方を模索しているところでローナに出会うことができ、生きて行く目的を得ることができたのだ。


 真剣な眼差しで見つめるハナを見て、暫く考えているようだったが、答えが出たのであろう。


「もし迷惑な事や許せないことがあったらすぐに教えてくれ。金はないが、身体はある。できる仕事があれば何でもやるので言ってくれ」

 ラウルはこちらを向き姿勢を正すと深く頭を下げた。

「申し訳ないが、よろしく頼む」


 良かった。これ以上この人に困った顔をさせたくない。

 出逢ったばかりだというのに、そんな想いがわいてくることはおかしいのかもしれないけれど、胸に灯った小さな明かりがジワジワと広がって行くのを感じていた。




 ハナはにっこり笑ってグラスを傾ける。


「では、ラウルさん、改めて乾杯しましょう!」


 こうして、ラウルとカイとの1ヶ月共同生活が始まったのだった。



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