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「ここがお風呂場でここがトイレです。この扉は仕事の作業場で中は尖った石が沢山転がって危ないので、カイくんは入っちゃダメだよ」
あれから保存食作りに必要な物や食料、ラウルやカイの食器、衣服など色々と調達し全ての買い物が終わったのは日暮れ前だった。
カイはその間に疲れて寝てしまいラウルが抱っこすることになった。ラウルが背負っていた大きなリュックを収納リュックに入れてあげたら、ものすごく驚いて何度も何度も原理を聞いてきた。
クジャールでは魔力を保有している人の方が少ないし、魔道具もそんなに発達していないので意味不明なんだろう。
分かる分かる。わたしも日本人的感覚で行くと意味不明だけど、こんなことがありえちゃうんすよ。
そう思いながら、魔法や魔道具のことについて色々と語り、ラウルは輝いた目でそれを聞いていた。
そんなことをしていたので、街から家までの道がとても早く感じた。今日初めて会ったというのに、ラウルと話していると妙に心が落ち着き、それと同時にワクワクドキドキして妙に落ち着かないような感じもしていた。
家の門につくと、丁度カイも目を覚ましたので守護魔法のことを説明し、2人の生体反応を登録した。
2人は花と同じ方法で登録をし、手をかざすだけで結界が解けるようにしたので自由に出入りができることになる。
門を超えた先の広い庭に大興奮したカイは、2人の周りをチョロチョロと走り回り、雪をかぶった鳥のオブジェを興味深そうに眺めている。
「カイ君、おいで」
そう呼ぶと、嬉しそうな顔でこちらに走ってくる。
ぽすんと花の足に抱きつき顔をうずめた。
「へんなかおの鳥さんがいた」
おい、変な顔って言うな。
あれは、正真正銘花のお手製のオブジェである。
自分では精巧に再現したつもりだったのだが。
口元がひくつくのを感じたが、カイの可愛さに免じて許してやることにする。
そして冒頭に戻る。
家の中をいろいろと説明して回り、ラウルとカイには客間を使ってもらうことにした。あそこなら暖炉もベッドもある。ベッドはセミダブルなので、2人でも問題なく寝られるだろう。
「2人ともお腹空きませんか?」
そろそろ夕飯の時間だ。カイは先程ドーナツを10個食べていたような気がするが、大きく挙手し空いた!と主張している。
ラウルは先程からかなり申し訳なさそうな顔をしているが、きっとお腹は空いているに違いない。
積雪の時期に旅していたため空いている宿屋もなく洞窟などで夜を凌いでいたということだったから、かなり疲労も溜まっているはずだ。
「じゃあ、私ご飯作っておくので2人まとめてお風呂に入ってきちゃってください!」
そう言って、2人の背中を押す。
「いやっ、何かできることはないか。薪で火を起こすのは得意だが」
「アストラでは薪火で料理する家庭はありませんよっ!
さっ、遠慮はいりません! 私が泊まってくださいって言ったんですから、ゆっくり身体を休めて来てください。早く上がって来たらしょうちしませんよ!」
半ば無理矢理ではあったがお風呂場に押し込むことに成功した。
しばらくして水の音とカイの笑い声が聞こえたのでしっかり入っているようだった。
竜人は成長が遅いと聞くが、食事の量はかなり多いらしい。竜化に備えて、身体を作っていくためだという。
それにラウルもがっしりとした身体をしているので、きっとよく食べるだろう。
ここでの生活を始めてから、1人分の食事しか作ってこなかったので大量の食材を見てワクワクするのを感じた。もともと日本にいた時も料理は好きだったし、ここにきてからも鑑定ができるので、食材の色や形、名前は違うものの、日本にいた時と同様の料理を作れるのが嬉しい。
まずは、時間のかかるメインから仕上げていこう。
今日のメニューは、鶏肉のポテト包み焼きと、ミルクスープ、薄切り肉のサラダと、焼き立てパンにした。
パチンと両手で頬を叩き気合いを入れると、腕まくりをして意気揚々と取りかかった。
ラウルside
まさかこんなことになるとは思わなかった。
広々とした風呂はとても彼女1人の住んでいる家とは思えない。アストラは年中寒いので浴槽のある家が多いと言っていたが、身体の大きなラウルでもゆったりと足を伸ばすことができ、素材もつるつるとした石を使用しており湯は柔らかい。
それにクジャールでは、薪火を使用して風呂の湯を沸かしていたが、アストラでは湯を沸かす魔道具とよばれるものがあるとのことだった。
カイは風呂場に置いてある黄色のずんぐりとした鳥のおもちゃに夢中になっている。
その様子を眺めながら、ふ、とハナのことについて考えていた。
死ぬ思いで街に着いたというのに、カイが居ないことに気づいた時は本当に肝が冷えた。
さらに、カイが店の果物を盗んだことを知り、ここまで我慢させてしまったことを悔やんでいた。
そんな時に、鈴のなるような声で俺たちを呼び止めたのがハナだった。
一瞬刺客かと思ったが、警戒心なくドーナツを差し出す様子を見て、金を持っていないと思われたんだなと思い複雑な気分だった。しかしニコニコと笑う女性を見て毒気が抜かれ何故か一緒にドーナツを食べることになったのだ。
不思議な女性。
それが第一に思ったことだった。
いともたやすく認識阻害の魔法を見破られ、やはり敵だったかと一度は勘違いしたが、その後これまでのことを話す中でボロボロと涙を零す彼女を見て、胸が温かくなるような気がした。
アストラは魔法が発達していることは理解していたが、ここまでの高度な魔術を使用できる人は限られているのではないかと思う。
しかし彼女には、それを驕る様子もなく魔道具の話をしている時のキラキラとした目はとても美しかった。
ふと目を瞑ると、泣いた後にふにゃりと笑った彼女の顔が浮かんだ。
桃色の瞳は大きく、垂れ目がちで優しげな雰囲気がある。背は女性にしては高めだろうか。
彼女のことを思うと妙に落ち着かない気分になる。
そんな思いに蓋をするかのように一度ぎゅっと目を瞑ると、目を開け未だに鳥のおもちゃをぽへぽへとならしてあそんでいるカイの脇腹をこちょこちょとくすぐった。
「うひゃひゃっ!くすぐったい!んもぅっなにするのー!」
「お前が油断してるからだ。のぼせないうちにあがるぞ」
カイを抱き上げ、タオルで拭いていると肉を焼くいい匂いが漂ってきた。夕食を準備してくれると言っていたな、と思い出しながら着替えをさせていた。すると
「おいしいにおいがするっ!」
そう言って下着だけ履いたカイは走り出してしまった。




