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「それからここに来るまでは本当に大変だった。何とか橋が壊れる前にアストラに入れたのは運が良かった。だがちょうど大雪の季節で足止めを食らってしまって、最悪なことに他の竜人と連絡が途絶えてしまった。あいつらは雲の上を飛べるから雪に邪魔されず、どこかで生きているとは思うんだが、生存を示す地図から反応が消えてしまったんだ。
そんな中で、カイにも相当無理をさせてしまった。味気ない保存食を食べることしかできなかったから雪溶けの時期が来たら美味いものを食わしてやるって言ってたんだ。だが、その前に宿を確保したり生活に必要な手はずを整える必要があった。それで目を離したすきに、我慢できずにリコの実を盗んでしまったようだった」
ふ、と足元に落としていた目線を上げハナを見た。
「えっ」
花は顔中の穴という穴から水を出して号泣していた。
「ぞんなっ・・・ごんな小さな子がぞんな苦労をじでぎだなんでっ。ラウルさんも、竜人を守るために遥々ごんなどごろまでっ」
最初にラウルの話を聞いた時は聖女始め王宮のメンツに腹わたが煮え繰り返りそうな怒りを覚えていた。しかし、カイ君のお父さんが殺されたあたりから、やるせなさや悲しさや腹立たしさで涙が止まらなくなった。
ぐずぐずど鼻をすすりながら話すハナを見て、ラウルは少し困ったように眉を下げた。
「いや、こちらもかなりナーバスになっていたから、親切心で話しかけてくれただろうに妙な態度を取ってすまなかった」
いまだに目と鼻の頭を真っ赤にしている花を見て少し困ったように笑ったラウルは自然な流れで花の頭をポンポンとなでた。
「んにゃっ!! もう完全に怪しさ満点だったことは自覚してるので謝らないでください!!」
撫でられた! 撫でられた! 撫でられた!
驚きすぎて変な声出しちゃった!
花の頭の中はそれで一杯になり、恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になっているのが自分で分かった。
そんな様子を見て、ラウルもふと我にかえったのか慌てて手をどけた。
「っすまない。しばらくカイと一緒だったからつい癖で触ってしまった」
「いぇ・・・あの、大丈夫デス」
2人の間に何とも言えないこっぱずかしい雰囲気が流れる。それを崩したのはガサガサガサガサと空になったドーナツの紙袋をひっくり返し、もう無くなったのか何度も確認しているカイだった。
そんなカイを見てついつい花の頬が緩む。
「カイ君、美味しかった?」
ほっぺたについた粉砂糖を払いながら尋ねた。
「いちばんおいしかった!」
人差し指をたてたカイは、フードの下でニンマリ笑った。
泣きながら得たリコの実は、きっとこの子に色んなことを学ばせてくれたに違いない。
しかし、あの時ドーナツを食べようと誘ったのは間違いじゃなかったとカイの満点の笑顔を見てそう思うのだった。
「では、そろそろ宿の手配に戻らないといけないから」
そう言って、ラウルは立ち上がった。
まだ行かないで欲しい。
その言葉が喉元まで出かかったが、今日初めて会った人に何を言おうとしてるんだと理性が止めてくれた。
「あっ、はい。色々と込み入ったお話を聞いてしまってすみませんでした。どうか、無事に皆さんと会える事を願ってます」
花も立ち上がり、ぺこっと頭を下げる。
「ああ、こちらこそ……」
と、言いかけたラウルだったが下からコートを引っ張られ目線を落とす。
「……カイ、おねえちゃんと一緒がいい。」
俯きながら小さな声で話すカイ。
「おねえちゃんとは、ここでお別れなんだ。カイと俺はおじさんやおばさん達を探さないといけないだろう?」
困ったように眉を下げたラウルは、しゃがんでカイと目線を合わせるとそう伝えた。
しかし、カイは納得しないようで唇を噛みしめ首を横に振っている。
「カイ、もうちょっとの我慢だ。今日はあったかい部屋で眠れるぞ。露店でカイの欲しいもの沢山買っていこう」
それでもカイは首を縦に振らなかった。
ラウルはふぅと、困ったように息を吐く。
その様子を見て、いつのまに懐いてくれてたのかと嬉しくなる花であったが、このままではラウルも困ってしまうだろう。
「ラウルさん、もう部屋は確保できてますか?」
唐突に聞かれ、戸惑った様子で答える。
「いや、手続きの途中でカイを探しにいったからまだ済んではないが」
なるほど、それは好都合だ。
「わかった!カイ君、お姉さんのお家にくる?ラウルさんが良ければですけど」
思いもしない言葉だったのであろう。
ラウルは驚いた顔で花を見た。
「いやっ、そんなわけにはいかない。こんな出自も分からないような者たち、何かあったらとは思わないのか」
何故かお父さんに怒られているような気がする。
「実はわたし、魔法使えるので意外と強いんです。何かあったら拳では負けますけど、魔法でけちょんけちょんにしてやりますよ!」
ちからこぶを見せるように腕を曲げ、にんまりと笑うとまた、困ったような顔でこちらを見る。
「カイいきたい! おねえちゃんちいきたい!」
その後ラウルはもなんやかんやと小言を言っていたが、カイと花に押し切られるようにして花の家に泊まる事になったのだった。




