王都仮面舞踏会03
「!?」
「っ!?」
空色の目が目の前にあった。
ティーナが驚いていると空色の目はティーナから離れ、少年の姿を現した。金というには白っぽく、銀というには黄色っぽい、くせのある髪。青に銀の装飾の入った仮面をしており、濃紺のジュストコールを着ている。
どうやら誰もいないと思って出てきてティーナにぶつかりそうになったようだ。
少年はふらふらとたたらを踏み、しかめっ面をして頭を押さえながら壁にもたれた。
「頭が痛いの?」
少年がティーナを見た。顔が青い。
「君には関係ないだろう」
冷たい態度だった。大きなピアスが不満げに揺れている。ティーナは少しむっとして口を尖らせた。
「気になるのだから仕方ないでしょう? 構ってほしくないのなら、構われないようにするべきよ」
言ってティーナは少年との距離を詰めた。
ティーナよりも頭一個分大きいが、ティーナが小柄なので少年も男にしては小柄なようだ。
少年は距離が近くなってぎょっとした顔をしたが、離れようとはしなかった。抱えている頭が痛いせいかもしれなかった。
「お酒臭いわ。どれだけ飲んだの?」
「君には関係ない。早く室内に戻ったらどうだ」
少年は態度を変えなかった。酒を飲んでいるようなので、見た目は少年に見えても成人しているのだろう。
「いやよ。わたくし、もう少し外にいたい気分なの。貴方こそ中に戻ってどこかで休ませてもらったら良いじゃないの」
「そんなことは出来ない」
「あら。一言頼むだけでしょう」
「そういうことじゃない。……こんな姿を皆に見せられないから、頼まないだけだ」
「それでも十分見苦しいと思うのだけれど。貴方お酒に弱いんでしょう。弱いなら弱いなりに上手く立ち回らないと、今みたいに見苦しい姿を晒すことになるわよ」
「お前、今、俺のことを見苦しいと言ったな?」
突然男の瞳がギラついた。射殺すような目をティーナに向ける。
殺気に似た空気に勘付いたジョックスが庭に出ていこうとした。しかし後ろから声をかけられ留まった。声をかけてきたのは青いドレスに身を包んだ貴婦人であった。貴婦人はつらつらとジョックスの容姿を褒め、自分の話をし始めた。言葉に切れ目がない。これでは断ることもできない。仕方なく、ジョックスは生返事をしながら意識だけをティーナと男に向けることにした。
「言ったわよ」
ティーナは悪びれる素振りもなく言った。
「だってそうでしょう? 自分に適した量も分からないなんて自分に対する怠慢だわ。無理矢理勧められることもあるでしょうけれど、断る時は断らないと。断れないなら上手くあしらう術を身に着けるべきだわ。それも出来ないなら他人に頼りなさい。助けてくれる人をつくるのよ。それを全て怠っているのだから、これは貴方の努力不足よ」
努力不足、と男は唇だけで呟き、口を押えて視線を下げた。確かにそうかもしれない、と思っている顔である。
「人は自分一人ではないの。外に出て誰かに会うのなら、自分だけのことだけではなく、他人のことや他人とどう接するべきなのか考えなくてはいけないのよ。これはその一つね。良ければこういう時のために役立つことを教えてあげるけれど……」
男がティーナを見た。垂目がちな空色の目が輝いて見える。ティーナはふふんと悪戯っぽく笑った。
「貴方、わたくしには関係ないと言ったわよね。だから教えてあげないわ」
ぷいっとそっぽを向くティーナ。
「……」
沈黙。
男は目を大きくしてティーナを見つめていた。
「……先ほどのことは謝ろう」
数秒の沈黙の後、男は小さな声で言った。
ティーナが目を男に向けた。
「確かに君の言う通り、俺の努力不足だ」
男は口元を押さえながら空色の目を泳がせている。
「……お、俺は……。な、何を……」
言うことがまとまっていないのか、男の口から出てくる言葉には意味がない。対してティーナはにこにこと笑いながら口を開く。
「なあに? はっきり言いなさい」
「……」
男は黙ってしまった。きゅっと唇を結び、視線を下げて何かを考えている。
ティーナは肩を落として男の隣に並んだ。男が驚いて少しだけ身を引く。
「貴方、謝ろう、とは言ったけれど謝っていないわよ。ちゃんと謝って」
間が開いた。先ほどよりも長い間だった。
「……申し訳なかった」
目を反らし、男はギリギリ聞こえるくらいの声を絞り出した。不本意だ、という気持ちが伝わってくるが、同じくらいの誠意も伝わってくる。
「いいわ。許してあげる。それで、わたくしにどうして欲しいの?」
男が目を動かすと、じいっと見つめるティーナの大きな目とかち合った。う、と男は言葉を喉で詰まらせた。
「……こ、こういう時どうすれば良いのか教えてほしい」
するとティーナは待ってましたと言わんばかりの顔でにこっと笑った。
「簡単よ! わたくしと一緒にいれば良いのよ!」
男はぽかんと口を開けた。拍子抜けだった。それのどこが対処法なのか。
「君、俺をからかっているのか?」
男はティーナを睨みつけた。これだけ焦らされて教えてもらえた答えがそれでは納得がいかない。
「からかってなんていないわ。それが対処法なのよ。いいから黙ってわたくしの側にいれば良いわ。深呼吸でもしてみなさい」
ティーナは大きな胸を張っている。男ははぁ、とため息を吐いて寄りかかっている壁に体重を預けた。聞いたのが間違いだった、とでも言いそうである。
それから男は腕を組んで目を閉じ、呼吸に集中し始めた。ティーナの言う通りにしようと思ったわけではない。ただ、今までずっと喋っていたティーナが黙ったので自分も黙っただけだった。
しばらくして、深く息を吸うと花のような香りがすることに気がついた。
何の香りだろうと目を開けてその香りを追ってみると、ティーナの横顔が目に入った。
香水だろうか。ティーナから花のような香りがする。それも甘い香りではなく、少しさわやかで、それでいて刺激のある、けれどもしつこくなく、むしろ安らぐような不思議な香りだった。
「どうかしら? 気分は楽になった?」
「えっあ……」
にこりと笑ったティーナの笑顔で顔が熱くなったような気がして男は目をそらした。
そうして気がついた。気分がよくなっている。びっくりしてティーナを見ると、ティーナは笑っていた。これがティーナの言っていたことなのかとも思ったが、気持ちの良い夜風に当たっていたからかもしれない。
男は思考を巡らせた。すっかり頭痛は治っている。そんな男の様子に気づいたティーナが満足そうに笑った。