表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/58

王都仮面舞踏会02

「ジョックス、忘れないようにね」


 言いながらティーナは顔の上半分が隠れる仮面をつけた。派手な装飾が施され、本物の鳥の羽のついた白い仮面である。ジョックスもそういえばという顔をして、似たような仮面をつけた。濃紺のジュストコール、黒い髪によく似合っている。


「素敵よ。いいじゃない」


 ティーナが笑いかける。ジョックスも口の端を上げた。目元が隠れていると随分優しい笑顔に見える。


 これから二人が参加する舞踏会はただの舞踏会ではない。仮面舞踏会だ。国内全土の男爵家から公爵家が集う仮面の舞踏会である。噂では、今回の仮面舞踏会にはただの一度も公の場に姿を見せたことのない王子様も参加するのではないかと言われている。


 仮面、舞踏会。会場に入ってしまえば身分の差はない特別な舞踏会。何家の誰々という肩書きを隠し、その表情と共に心の内さえも隠す、仮面の舞踏会。


 ティーナとジョックスは出入り口にいた使用人に招待状を渡し、会場の中に入った。


 途端、ジョックスは気圧された。


 大きなホールの見渡せる階段の上。がやがやと煩いホールには煌びやかに着飾った紳士淑女が花のように咲いている。大理石の床は無数の光を反射してキラキラ輝いていて、天上に描かれた神々と天使の絵はホールに咲いた人々を映す鏡のように鮮やかだ。


 場違いだとジョックスは思った。


 メレズディ家はラルクが畑や牧場しかなかった村を発展させ、初めて爵位を拝命し、つい三十年ほど前に貴族の仲間入りをしたばかりの成り上がり貴族だ。浅い歴史を辿ってみてもこのような大きな社交界に出たことはほとんどない。加えてジョックスはメレズディ家の使用人で、男爵家でもないのである。王都に足を踏み入れただけで圧倒されたのに、このような華やかな場所に来て目がくらむのは当たり前だった。


「ジョックス、何をしているの?」


 呼びかけられてハッとした。


 声のした方へ視線を動かすと、ティーナがいつの間にかジョックスの腕を離れて階段を降りようとしていた。


「おいで。こっちよ。わたくしはこっちよ」


 ふふふと笑ってティーナは階段を降りていく。巨大なホールの中へ溶け込んでいく。


 ジョックスは驚いた。


 ティーナは花のような紳士淑女たちにも引けを取らなかった。小柄で、貴族と言えど田舎娘なのに、ティーナは溶け込んでいるのだ。見た目の華やかさもそうだが、ラルク譲りの物怖じしない性格、堂々とした態度がそう見せているのだろう。


 ジョックスは口元を綻ばせた。


「お待ちください、姫様」


 言ってジョックスはティーナを追った。


 ジョックスがホールに降りた時にはもう、ティーナはどこかの若い男に声をかけられていた。一際目立つ、見事な装飾の入った臙脂のジュストコールを着た派手な男である。鳶色の髪は右側だけ編み込んでまとめており、顔の上半分は銀色の仮面で隠してある。


「押しても引いても動きそうにない大木のような男の登場だ。貴方の連れですか? 若草の姫」


 男がジョックスに一瞥をくれる。体躯の良いジョックスを見ても男は気圧されなかった。


「あら。そんなこと関係あるかしら。彼がわたくしの連れでもそうでなくても何も変わらないでしょう? わたくしたちは仮面舞踏会に来ているのですから。もしかして、わたくしよりも彼がお気に入り?」


「あはは!」


 紳士にしては珍しく、男は声を上げて笑った。大きな声だったので周りの何人かが彼に注目した。


「いやいや、これは失礼いたしました。そうですねぇ。そんなことは全然全く関係ない。私という一人の男は貴方という一人の女性に興味があって声をかけたんだ。彼のことを聞いたのは野暮、でしたね」


 どこか芝居がかったように話し、男はこほん、と一つわざとらしく咳払いした。


「では改めてお誘いを。若草の君。私と素晴らしく素敵な一時を過ごしませんか?」


 右手をティーナの顔の前に出す。男が手首を回すと、どこからともなく桃色のバラが現れた。ティーナはぱっと瞳を輝かせた。


「すごいわ! とっても素敵! 初めて見る芸だわ! それにわたくし、お花は大好きよ。貴方、人を喜ばせるのがお上手ね」


 バラを受け取るティーナ。男はそれを肯定と受け取り、ティーナの肩に腕を回した。ジョックスが仮面の下で眉間にしわを寄せる。


「お褒めに預かり恐悦至極でございます。こんなことも出来ますよ」


 今度は左手を出し、くるりと回した。


「すごい!」


 ティーナは手を叩いて喜んだ。


 いつの間にか男の手に小さな白い鳥が乗っている。小鳥はピチピチと鳴き、じっとティーナを見ている。ティーナが手を出すと、小鳥はティーナの人差し指に乗った。


「可愛いわ。小鳥も好きよ」


 人差し指で撫でる。小鳥は気持ちよさそうに目を細めている。


「それは良かった。小鳥も喜んでいることでしょう」


「この小鳥は放しても貴方の元へ戻ってくるの?」


 小首を傾げるティーナ。大きな目が男を見つめている。


「えぇもちろん。そのように躾けてあります」


「では外に放してあげても良いかしら。ここは鳥には窮屈でしょう」


 男は金色の目を数回瞬いた。それからまたははっと声を上げて笑った。


「もちろんです。夜ですから遠くへは行かせられませんが、風のあたる所で羽を伸ばしてもらいましょう。自由であればこその鳥です」


 男が開いたままになっている扉の方へ誘導する。カーテンで隠れているが、その向こうは庭になっているはずだった。


 ティーナは男に肩を抱えられながら歩いた。ジョックスは二、三歩距離を取って二人の後を追った。


「銀の方! 銀の方!」


「もう一度、あれを見せて!」


 じきに外へ出るかというところで男を呼び止める者がいた。深紅のドレスの貴婦人と群青色のドレスの貴婦人の二人である。


「貴方たちは先ほどの。私の芸を気に入ってくださったのですか?」


 男は笑顔で答えた。どうやらティーナの前に喜ばせた女たちのようだった。


「もう一度見たいの! 見せてくれないかしら?」


 貴婦人は興奮した様子だ。心なしか息も荒い。見たことのない芸を見せてくれたこの男を探してホール中を歩いたのかもしれなかった。


「そうですね……」


 男はちらとティーナを見た。ティーナは二人の女を気にする素振りもなく、にこりと笑った。


「貴方のしたいことをするべきよ。わたくしはこの小鳥を自由してあげたいから行くわ」


 男の腕の中からティーナが抜け出し、離れていこうとする。その肩を、男は少しだけ引き止めて耳元に顔を寄せた。


「後で必ず行きます。それまでどうか、消えてしまわないで」


 ティーナが振り返った時にはもう、男は二人の貴婦人に芸を披露しているところだった。


 ティーナは少しだけ目を細めてからカーテンをくぐって庭へ出た。


 明るいホールから漏れた光が真っ暗な庭をぼうっと照らしている。ティーナが指を頭の高さまで上げると、小鳥は建物の方に羽ばたいていった。小鳥を追うように視線を上げながら振り返る。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ