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王都仮面舞踏会01

「あんなに楽しみにしてたじゃねぇですか。行きましょうよ姫様」


「いやよ。出たくないわ」


 馬車の中で少女がむっとした顔をしている。馬車を降りればそこはもう舞踏会の会場なのだが、淡い桃色のドレスを着た少女は不機嫌そうに座ったまま動かない。


「なんでっすか。さっきまで早く行きたいなんて言ってはしゃいでたのに、着いた途端機嫌が悪くなっちまって……。何が気に入らねぇってんですか」


 両膝をついて少女を見上げていた男はため息を吐いた。


 男の名はジョックス。跪いていても分かるくらい身体の大きな男だ。あちこち跳ねている黒髪の足をリボンで結んでいる。目は青く、顔のつくりは良いのだが眉間に寄ったしわが目立つ。歳は二十だが、体躯としかめっ面の所為で実際の歳よりも五つは上に見られがちだった。


「ドレスよ。このドレスと同じようなドレスを着た方がいたのよ」


 栗色の髪の少女の名はティーナ・メレズディ。透き通るような白い肌に、小さな顔。薄い茶色の目は大きいが鼻は小さく、唇は柔らかそうな桃色だ。レースのあしらわれた袖から出ている指や腕は細いが、胸は大きく膨らんでいる。身長が低く可愛らしい顔つきのため幼く見られるが、ティーナは十六歳。来年成人を迎える歳であった。


「ドレスゥ!? そんなのなんでもいいじゃないですか!」


 ジョックスは呆れた声を出した。するとティーナは口を尖らせて言うのだった。


「よくないわ。半端な格好は嫌なの。ドレスは可愛くなくちゃいけないの。わたくしが目立たないといけないの。見たことのあるデザインなんて嫌。わたくし好みの可愛さでなければそれも嫌」


「そんなこと言ったって、ここにドレスはそれしかねぇっすよ。大丈夫ですよ姫様。姫様は何でも似合いますし、それを着た姫様が一番かわいいですよ」


「わたくしが何でも似合って可愛いのは当たり前よ。分かっていないわねジョックス。他人にどう見られるかじゃないわ。わたくしがどう思うかが重要なのよ。とにかく、わたくしが嫌と言ったら嫌なのよ!」


 そっぽを向くティーナ。ジョックスは「どうしろってんだ……」とガシガシ乱暴に頭を掻いた。ティーナが機嫌を損ねることはよくあるのだが、今回ばかりはどうしようもなかった。舞踏会はすでに始まっており、ティーナとジョックスは会場の目の前にいるのである。一体全体何ができようか。


「田舎からはるばる王都までやってきてこれかよ……。もうじき結婚するから特別にってラルク様も遠出を許してくださったってのに……。なぁ姫様。いいんですか? 馬車を降りれば楽しい楽しい舞踏会ですよ? 本当に行かねぇんですか?」


「いやよ」


「そう言わずに。今日の舞踏会は王子様も来るかもしれないって話じゃねぇっすか。あの、誰も見たことがないって噂の王子様ですよ? 会いたいと思わねぇですか?」


「誰も見たことがないのなら、会っても王子殿下とは分からないわ」


 ティーナはつん、とそっぽを向く。ジョックスはがくりと項垂れた。こうなってしまったティーナはてこでも動かない。


 ティーナとジョックスの住む町はここ王都から遠く離れた田舎町である。


 どこか遠くへ遊びに行きたいとティーナが駄々をこねたので、ティーナの祖父にあたるラルク・メレズディ男爵が渋々王都での社交界の招待状を見せてくれたのだった。


 ラルクを口説き落とすには随分時間がかかった。ラルク・メレズディ男爵は温和だが厳しい人物で、普段はこんな遠出を許さない。しかし来年ティーナが結婚するということやストーカー紛いのジョックスの説得でなんとか折れてくれたのである。


 ジョックスの苦労はそれだけではない。ここまで来るにもティーナが様々な無理難題を押し付けたので難航した。なんと、馬車でゆっくり移動しても一週間程度の距離を二週間かけてやってきたのだった。


 というのに、目と鼻の先で行きたくないと駄々をこねられるなんて冗談じゃない。


コンコン


 頭を抱えていると馬車の扉を叩く音がした。ジョックスが振り返り、ティーナが目だけを動かして「なあに?」と返事をすると、扉が開いた。


「お待たせいたしましたティーナ様! 新しいドレスをお持ちいたしました!」


 白いボンネを被ったメイド姿の少女が身体の前にドレスを出す。


 ふわり。ふんだんにレースをあしらった若草色のドレスが宙で踊った。途端、ティーナの目が輝いた。


「まぁ! とっても可愛い!」


「気に入っていただけて何よりです。閉まっていた店のドアを力いっぱい叩いた甲斐がありました。さぁ、こちらに御召し替えを。ジョックスは今すぐ出なさい」


 メイドはしっし、と追い払うような手つきでジョックスを馬車の中から追い出した。ジョックスが転がるように外へ出るとすぐに中から鍵がかかった。


 追い出されたジョックスは安堵のため息を吐く。


 これで何とかなりそうだ。毎度のことながら姫様のワガママには困ったものだ。そんなことを考えながら腕を背中に回し、背筋を伸ばして立った。ジョックスの身長は二メートルを超えるので立っているだけで人払いになる。


 しばらくして扉が開く音が聞こえ、ティーナが出てきた。先ほどのメイド、ララが持ってきたボリュームのある若草色のドレスに身を包んでいる。


 世辞を抜きにして、ティーナは可愛らしい。それも桃色や若草色のような淡い春の色がよく似合った。


「……」


 無言で見つめているとティーナが柔らかく笑った。


「どうかしら?」


 白い手袋をした右手を出すティーナ。


「……似合ってますよ、姫様」


 ジョックスは左手を出した。その大きな手の上に、ティーナが小さい手を乗せて馬車から降りた。


「当然よ」


 ふふ、と満足そうに笑うティーナ。ジョックスは「へいへい」と軽く返した。


「行ってらっしゃいませティーナ様。ジョックス、ティーナ様をしっかりお守りするように。粗相のないようにするのですよ」


 腰の辺りで手を揃え、ララは下からジョックスを睨みつけた。


 ララはジョックスと同じくティーナに仕える使用人である。ボンネでほとんど隠れているが髪は癖のない赤毛で、目尻の上がった猫のような緑色の目をしており、歳はティーナと同じだ。偉そうなのはこの歳の少女にありがちなことなのだろうか、と何度ジョックスが思ったか知れない。


「わーってるよ」


 ため息交じりに答えるとララはさらに眼光を鋭くした。


「それじゃぁララ。楽しんでくるわ」


 ティーナが顔の横で手を振る。するとララの表情がぱっと笑顔に変わった。


「行ってらっしゃいませ」


 軽く頭を下げるララ。慣れているのでため息も出ない。


「行きましょう」


 ティーナがジョックスの腕に自分の腕を絡めた。


 馬車から会場までは石畳の一本道だ。すでに夜の帳の降りた辺りは暗く、会場だけが煌々と輝いて見える。


 舞踏会が始まったのは数時間前。時間が経っているにも関わらず、出ていく人数よりも入って行く人数の方が多い。


 貴族は夜更かしだ。


 ジョックスはそんなことを思いながらティーナをエスコートする。ジョックスとティーナにはかなりの体格差があるが、二人はぴったり歩調を合わせている。

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