託されたバトン
「ちょうど良かったわ。私もあなたに話したいことがあったの。」「そりゃ良かった…けど、ここは祝いの席だから場所を変えようか?」
「ええ。あなたさえ良ければ今日の夜、ここの近くに神社があるわ。そこの石段の一番上に来てくれない?」「分かった。必ず行くよ。」
そう言って二人はまた席に着いた。
結真は神社の石段を駆け上がる。
途中からギターを弾く雪の姿が見えた。
「よう。約束通り来たよ。」「で、話って?」
「まずは礼を言いたくて…この間はライブの穴を
埋めて貰ってありがとう。助かったよ。」
「私こそ、あなたの代わりなんておこがましい真似をしてごめんなさい。私も謝りたかった。」
「謝る必要なんかないよ。翔に頼まれたんだろう。私はアイツのやることに文句なんかない。愛しているからね。」「……!」雪は少し動揺する。
「じゃあ本題に入ろうか?あんた…えーっと雪さんだっけ?バンドやってないらしいね。」
「店が忙しいからね。父さんと二人で…最近は翔くんが手伝ってくれて本当に助かってる。」
「あたし…NYに行って音楽の勉強をしようと思う。休学届も出したんだ。夢を追いかけてみたくて…」「夢?」「あたしはギターの女王になるんだ。」「ギターの女王?」雪は首を傾げた…
「と、とにかくみんなにあたしのギターを認めさせるってこと。でも私の所属してるバンド…steedにギターがいなくなる。雪さん、私の代わりに弾いてくれよ。半端な奴ならこっちからお断りだけどあたし、この間遅れて会場に着いた時、雪さんのギター聴いちゃったんだよ。」「……」
「あたしの音とは少し違うけど、間違いなく人の心に響く音だった。正直言うとさ、あの時、雪さんの音に嫉妬してしまったんだと思う。だからカッとなってさ。翔に後で慰めてもらったよ。」
雪は一瞬ドキッとした。結真はその様子を見て
「みんなを頼めるのはアンタしかいないよ。
頼むよ。」「無理だわ。お店はどうするのよ。
父さんと翔くんに丸投げ?そんなこと出来ないわ。そんなこと…それにあなた、翔くんを愛してるんでしょう?離れ離れになるのよ。不安じゃないの?」
結真は明るい月を見上げて「雪さん、アンタも分かってる筈だよ。アイツのこと…好きなんだろ?
分かるよ。だって一緒だもん。あたしと…
アイツさ、あたしが何処に行っても変わらない。
ずっと黙って見守っていてくれる。
一緒にいて背中をポンと押してくれる。だからあたしは行くんだ。雪さんも今まで見てきたんじゃないのかい?」
雪は翔がカップルにオニオンスープを作った時のことや自分を悲しいだけの毎日から救ってくれたことを思い出した。
「あたし、次のライブがラストライブになる。
雪さんにも見てほしい…いや、勝負だ。
どっちがsteedのギターに相応しいか。
待ってるよ!」
そう言って結真は雪にライブのチケットを手渡して階段を駆け降りていく…
雪は月明かりに照らされた結真の背中がやがて夜の暗闇に消えていくまでずっと黙って見つめていた。