眠りから覚めたギターの旋律
「え、えーっ!私が?」「サポートギターに入って欲しいんです。もう、雪さんしかいない。お願いします。」僕は一生懸命に頭を下げた。
雪は困った表情を見せたが、やがて覚悟を決めたような表情で「分かったわ。メンバーの所へ連れて行ってくれる?」
僕は「ありがとうございます。こちらです。」と陽子さんから借りたスタッフ用のパスを首にかけて裏口に雪さんを連れて行った。
「陽子さん、連れてきました。彼女が雪さんです。」「本当に申し訳ない!助けて欲しいんです。曲は…」「分かってます。翔くんから言われて何回か動画を見たので。ギターをお借り出来ますか?」
陽子さんは昔、結真が借り物として使っていた青いギターを雪さんに渡した。
雪さんはチューナーを使ってすぐにチューニングした。「オッケー!いつでも行けますよ!」
舞台にsteedのメンバーが現れて自分の演奏位置に着く。会場のテンションが一気に上がる。
陽子さんが「お待たせ〜遅れた分、盛り上がって行くよ〜!」雪さんがギターの音出しをする。
青いギターから音が奏でられた瞬間会場の誰もが驚いた。結真とはまた違った迫力がある音で一音一音がはっきりと響く。そしてそのスピードは目を見張るものがある。
優花さんのドラムで曲が始まる。いつもながら迫力がある音だ。曲が進んでいく…ギターはフレーズを完璧に抑えてまるで結真がそこにいると錯覚してしまうような感覚に陥ってしまう。
陽子さんが呟く…「数回聴いただけで…まさかこの子絶対音感…?」
優花さんが汗でスティックを落としそうになった。「アカン!やってもうたわ!」
瞬間、雪さんはフレーズを意識して変えた。そしてエフェクトを歪ませた。ロックらしいザーッという音でおそらく誰も一瞬ドラムの音が消えたことなど知る由もなかった。優花さんは驚いて「この姉ちゃんやるな!」と心の中で呟いた。
ギターソロは圧巻だった。例えるならまるで雪が溶けて春が来た草原を力強くサラブレッドが駆け抜けていく…誰にも邪魔されないでその背中に翼を宿してペガサスのように空まで駆け上るような…
結真がギターの女王なら雪さんは風。爽やかに、しかし力強く聴く者全てを包み込む風のようなギターだった。
結真のギターを初めて聴いた時のように僕は感動で動けなかった。結衣も僕もその旋律に涙を浮かべていた。