親父さんの期待
ある日の仕事終わりに、僕は思い切って親父さんに雪さんのことを訊いてみる事にした。
「雪さんって昔何かあったんですか?」
「なんだぁ翔。お前惚れちまったのか?ま、俺は良いけどよ。」「違いますよ。何かこう、寂しそうな表情の時があって…」「そうか…」
親父さんが話してくれた話によると、数年前に親父さんの奥さん、つまり雪さんのお母さんが亡くなってしまい、夫婦でやって来た親父さんは妻を亡くした悲しみからもうお店を止めようと思ったらしい。雪さんは音楽大学でギターを専攻していて、プロのミュージシャンを目指していたが、お母さんの思い出があるこの店を潰す訳にはいかないと言って大学卒業後に、親父さんと一緒に働くことにしたらしい。親父さんは雪さんの想いと妻との思い出があるこの店を守っている…
でも親父さんは自分達のために好きな事を諦めた雪さんのことをいつも気にしているらしい。
「お前さんが雪をもらってこの店を継いでくれたら良いんだけどな…」
親父さん、雪さんに怒られますよ…
それに何処かで似た話が…
「ところで翔、これに出てみないか?」
親父さんは僕に一枚の紙を差し出した。
そこには新人調理師料理コンクールと書かれていた。親父さんによると新人の調理師が料理の腕を競うコンクールだ。一流の料理人への登竜門と言っても過言ではない。
「お前さんが出たくないなら別に構わないんだ。でもな、お前さんだけの一皿を作って、このコンクールにぶつけてお前さん自身が壁を乗り越えることが出来るんじゃないかと思ってな。」
僕はチャンスだと思った反面、果たして僕に自分を表現できる料理が出来るだろうか?とても不安になった。
優花のスマホが鳴り出す。
「もしもし、ウチやで。どうしたん?結真?
いや、今は一緒じゃないけどな…」