第45話
おじさまとの会話の後、私は直ぐにアーステルト家の屋敷を後にした。
おじさまは許してくれただろうが、アーステルト家にそのまま居座れるほど、私は図太くは無かったのだ。
それに、私にはまだやらないといけないことが存在していた。
そう、あの男性の消息を確認するという。
マーリスの会話を経て、私はあの男性がまだアーステルト家に何か仕掛けたわけではないと考えている。
だが、だからといって男性の安全が確定したわけではない。
それ故に、未だ私の中で男性の消息が最優先事項だった。
ただ、男性が最優先事項ではあるが、重要なことはそれだけでは無い。
何せ、現在私は《仮面の淑女》という国内最大の商業組織であることを露わにしている。
その上、マーリスとの婚約が無くなったため、独身だ。
そんな条件が重なれば、他の貴族が取る手など決まっている。
つまり、婚姻による私の取り込みだ。
今現在、マーセルラフト家にはその類の申し込みが溢れている。
また、自家のパーティーに誘いたいという申し込みも沢山。
しかし、私は婚姻に関して積極的では無かった。
マーリスという婚約者とのあの事件があった今、直ぐ次と考えるほど私は冷淡ではない。
特に、あの人を見つけていない今は尚更。
「……あの人が婚約者候補なら」
ふと、私の頭に妄想じみた考えが浮かんだのは、その時だった。
「っ!」
直ぐに自分がはしたないことを考えていることに気づいた私は、顔を赤くして頭からその考えを振り払う。
何せ、相手は時々一時間程度あっていた程度の男性だ。
そんな気持ちを抱くわけなんて、あり得ない。
「でも、あの人とはもっと昔に出会っていた気がする……」
昔、図書館で出会った貴族らしかならぬ姿をした司書と出会ったことを私が思い出したのは、その時だった。
「そんなこと、あるわけないわね」
しかし、まるで別人のような二人を同一視した自分の考えを直ぐに私はあり得ないと打ち消した。
数時間会話しただけにも関わらず、淡い気持ちを抱いたあの司書と、自身を立ち直らせてくれたあの人に対する気持ちを同一視した、自分の一時の迷いだと。
「……それに、どうせもう私は平民と婚姻を結べるわけがないのだから」
……けれど、そう呟い私は気づかない。
「……ルーノ、準備は整ったか」
「はい当主様。あの男性が見つかり次第、分家の養子とするべく手続きを進めております」
はるか遠く、悩む私を見ながら、自身の護衛と父が密談していることを……
ただ、その時の私もあることだけは理解していた。
そう、マーセルラフト家の人間全てが、男性が現れることを望んでいることを。
──にも関わらず、それから1日が過ぎても男性の消息が分かることはなかった。
それは、王宮の使用人の消息などすぐに分かると考えていた私達にとって、まるで予想もしていない事態だった。
だからこそ、日に日に私達の間には焦燥が募っていくことになり──王族からのパーティーの招集が届いたのは、その時だった。




