第4話
「………どうやら、マーリスはもう既に婚約破棄を正式なものとし、マルシェ嬢との婚約を推し進めているらしい」
そう、私がお父様から告げられたのは、婚約破棄の翌日のことだった。
「………え?」
それは、私がまるで想像していなかった事態。
だからこそ私は、動揺を隠すことができない。
……だが、私は驚きを覚えながらも、同時にこの一件で何が起きていたのか、理解することになった。
つまり、この時になってようやく私は、マーリスの裏切りに気づいたのだ。
本当に浮気をしていたのはマーリスの方で、その浮気を隠すために、マーリスは私に冤罪をかぶせたのだと。
「っ!」
そのことを理解した瞬間、私の顔から血の気が引き、思わずその場に倒れ伏してしまいそうな衝動に私は襲われる。
出来ることならば、マーリスの裏切りなど私は信じたくはない。
しかし、この状況が全てを物語っていた。
あり得ない速度での婚約破棄に、その直後の婚約。
それは全て、マーリスが前もって準備しておかなければ、実現不可能なことだ。
……いや、今から考えれば、私を裏切り者と呼んだ時から、マーリスの様子はおかしかった。
明らかに私を疎んでいるはずのマルシェの言葉を一方的に信じ、婚約破棄を決断する。
その時のマーリスの異常さにさえ、私は気づいていなかった。
それがどれだけ早計か、マーリスが分からない訳が無いと知っていたのに。
「……お父様、申し訳ありません」
そのことに気づいた瞬間、私は強く唇を噛み締め、お父様へと頭を下げた。
マーリスの意図を見抜けなかったこと、それはあまりにも致命的なミスだった。
まさかの事態に冷静さを失った私は、マーリスが婚約破棄を正式に告げる前に動こうとするのではなく、彼の誤解を解こうとして動いてしまった。
……それが、マーリスの狙いだったことに気づかずに。
その結果、私は考えられる限り最悪の結果を招いてしまった。
おそらく、マーリスは私が先に浮気したという噂を婚約破棄を正式発表したと同時に流しているだろう。
もちろん、いくら私が本当に浮気をしていたとしても、婚約破棄と同時に新しい婚約をするのは明らかに非常識で、マーリスの名声は少なからず落ちる。
しかし、マーリスの名声が堕ちようが墜ちなかろうが、私の名声は関係なく堕ちていくだろう。
そしてそうなれば、もう私と婚約しようとする人間は現れない。
それは、マーセルラフト家にも大きな損害を与えることになる。
私のお父様への謝罪はそれを理解していたからこそのもの。
「……サラリア、そんなことは気にしなくていい。今はゆっくりと休みなさい」
けれど、私の謝罪が分からないはずがないにも関わらず、お父様はそう告げただけだった。
そのお父様の言葉に、自分が気を遣われたことを理解し、私は顔をゆがめる。
……自分のミスで、こんな大事を起こしながら、それでもまだマーリスに裏切られた衝撃を隠せない自分に対する情けなさが隠せずに。
「申し訳、ありません」
それだけをなんとか告げ、お父様から背を向けた私の目から、耐えきれずに涙が溢れた。