第36話
ルーノ目線です。
「私はマーセルラフト伯爵家令嬢サラリアであり、今先程持ち込ませて頂いた魔道具を発明した組織、《仮面の淑女》の代表を務めさせて頂いております。──以後、お見知り置きを」
お嬢様がそう告げた瞬間、貴族の中に広まったどよめき。
それを耳にした私は、思わず口元を緩めていた。
何せ、ようやく私の主が正当に認められるときが来たのだから。
それは、お嬢様が仮面お淑女という商業組織の枠組みを作ってから常に私が抱いていた思い。
だからこそ私は、今は自身の役目に徹さなければならないと思いながらも、口元を引き締めることが出来ない。
「う、嘘ではないのか……?」
側にいる貴族から、そんな言葉が聞こえてきたのは私が必死に口元を締めようとしているそのときだった。
それは、お嬢様を認めていないからこその言葉だと認識できなくもなかったが、私がその貴族に怒りを覚えることはなかった。
その貴族の反応は当然のものであることを私は知っていたから。
それほどに、《仮面の淑女》とは大きな組織だった。
魔力投射機などを含む、画期的な魔道具を次々と産み出し、その殆どの魔道具は貴族社会で無くてならないものになっている。
その規模は決して小さくなく、高位の貴族が中心になっていたと思われていたが、その代表者は不明。
ただ、女性であることをその従業員達が告げており、そこからついた呼び名が《仮面の淑女》。
そんな存在が突然現れたのだ。
戸惑いが最高潮に至っても仕方無いだろう。
おそらく、他の貴族も同じような気持ちに違いない。
それでも、この会場内の中誰一人としてお嬢様を偽物だという貴族は誰一人としていなかった。
何故なら、この場所にはお嬢様を《仮面の淑女》と認めざるを得ない証拠が、多数存在しているのだから。
今、私が持ってきた荷物。
私と共に荷物を持ってきた、《仮面の淑女》の従業員達。
伯爵令嬢か、公爵令嬢さえ買うのを躊躇う値段のドレス。
そのどれか一つでさえ、お嬢様が《仮面の淑女》と示すのに十分な証拠だ。
これらを突きつけられて、お嬢様を認めないなんてことができるわけがない。
そう考えて私は、笑みをさらに深いものとする。
「嘘よ!そんなことがあるわけない!」
……花嫁姿のマルシェのヒステリックな叫び声が響いたのはそのときだった。




