第31話
マーリス目線です
ライフォード様の一件から、私は初めて神に祈りを捧げた。
何とかあの日を来ないようにしてくれと、せめて何かこの状況を切り抜ける方法が思い浮かぶまでと。
だが、その祈りは無駄でしかなかった。
「くそ!私は、どうすれば……」
結婚式の直前の控え室の中、その事を理解した私は蒼白な顔でそう言葉を漏らした。
あとどれ程で結婚式が始まるのか、正確な時間を私は知らない。
ただ、その時間は決して長いものでないだろう。
……なのに、未だ私はこの最悪の状況を打開するための方法を思い付けていなかった。
もう目の前まで結婚式が迫っているというプッレシャーに耐えきれず噛み締めた歯が、ぎりっと音をたてる。
身につけている新郎用の正装に、まるで全身鎧でも被っているような重量を感じる。
「……自身の婚約者を裏切ったなど、認められるわけがない」
そのストレスの中、私は思わずそう言葉を漏らしていた。
婚約者を裏切った、そんなことを認めれば貴族社会からは裏切り者という烙印を押されることになる。
そうなれば、貴族として終わりであることを私はよく理解していた。
貴族社会に一度烙印を押されれば、最早貴族として上を目指すなど不可能になるだろう。
いや、それだけの話ではなかった。
裏切り者という烙印を押されれた貴族と親しい付き合いをしようと考える貴族などいない。
つまり烙印を押されれば最後、アーステルト家は貴族から孤立し、貴族とも呼べない存在になるだろう。
それは絶対に避けなければなら無いことで、だからこそ私は必死に打開策を考える。
「ではマーリス様、私めの後を」
……しかし、私がなにか策を思い付くその前に結婚式が始まることとなった。
部屋に入ってきた案内人の姿に、時間切れを理解した私はただ必死に祈る。
思いもよらぬ幸運がおき、全てが上手くいくことを。
「こちらに奥方がおられます」
そんな私の内心を知るよしもない案内人は、その顔に笑みを浮かべて歩きだした。




