CODE8:ご挨拶
月曜日の朝、俺と東條はいつも通り葉月の家に向かっていた。土曜日の件は未だに解決していないが学業のことは疎かに出来ないからだ。俺達は基本的に規則正しい学生生活を送らなければならない……交差点の信号が赤になった時、俺はふと思い出し自分の鞄から土曜日に買っておいた物を東條に渡すことにした。
「東條、この前の土曜日のサポートは大変助かった。これはそのささやかな礼だ。受け取ってくれ」
「私は別に大したことは言っていないのだけれど……でも、貰っておくわ。せっかくあなたが買ってきてくれた物だし。それにしてもこのシャーペン中々可愛いわね……気に入ったわ」
東條はそのシャーペンを見て、喜んでくれたみたいだ。良かった
……さて、話を切り替えるか
「東條、この前の件は進んだか?」
「画像の解析と共に調査を進めているわ。あともう少しで事態が変わると思う」
状況的には進んでいる段階か……この調子なら、来週辺りで決着が着きそうだな。俺は安堵し、再び交差点の道を進んでいった。
※※※※
放課後になって俺は図書室に向かっていた。向かう理由は昼休みの時メールで呼び出されたからだ。俺は図書館の扉の近くにいる見張りに適当に相槌をした後、ドアを開け入室した。辺りを軽く見回すと窓側の席に葉月が座って本を読んでいるのが見えた。俺は静かに歩き、反対側の席に座る。葉月は無言のまま、本をペラペラと捲っている
……どうやら周りの雑音なんか気にせず集中して読むタイプのようだ。
雑に読む俺とは比べ物にならないな……このまま読ませても良いが、メールには話したいことがありますと書いていたから呼んだ方が良いかもな……俺は、葉月を驚かせないよう右手で肩を軽く乗せた。
「あっ、如月さん!す、すいません。夢中になっちゃっていました」
葉月は俺が居るのに気づくと慌ててその本を元の本棚に戻し、椅子に座った。
「話しがあるんだろ?」
「その……昨日はありがとうございました。とても楽しかったです!」
「俺も楽しかった。また機会があったら一緒に行こう」
「でも、また私が外で遊んでいたら襲われますよね?……もう学校とか外に出ずにじっと閉じこもった方が良いのかな?」
俺と年齢が一つ違うというのにそこまで悩んでいるのか……俺はその言葉の対応に傷付かないように答えることにした。
「葉月、お前がここを離れる意味なんて無い。むしろ悪いのはお前を狙う組織だ。俺は可能限りお前を守ってみせる……だから安心しろ」
「如月さん……頼りにしてますね!じゃあ、今日は帰りましょうか?そろそろお日様が暗くなりますから」
俺は葉月に従って、一緒に下校することにした。その時にやたらとグラウンドの部活生がこちらをジロジロと見ているような気がしたが、俺はなるべく気にしないようにして葉月をエスコートした。そして何事も無く、無事葉月を自宅まで送ることが出来た。後は別れを告げるだけだが、この前の貰ったあれのお礼を言わないとな……
「じゃあ如月さん、今日はありがとうございました。また明日も宜しくお願いします」
「あぁ……だがその前に一つだけ言いたいことがあるんだ」
「何ですか?」
「この前貰ったクッキー、あれ……えっと……かなり美味しかった。じゃあな」
俺は一言、葉月に言って素早く帰った。何か素直にお礼を言うのが恥ずかしかったからだ
「素直に言葉で伝えるのは結構難しいな」
ぶつくさと独り言を言いながら、ちょっと暗い道路を歩いているとスマホのバイブが鳴った。スマホのメールは姉さんからだった。俺はゆっくりと一文字一文字を噛み締めるように読んだ。
「ゼクター大宮支部から凄そうな人が来てるけど、蓮何かしたの?……まさか」
郷間の野郎、俺の居る自宅に乗り込んできたのか。俺はさっきまでゆっくりと歩いていた足を急いで駆け、自宅へと向かうことにした。交差点や人目を掻き分け、到着した家の前で家の鍵を取り出し中へと入っていきリビングのドアを何のためらいもなく思いっきり開ける。するとそこには……姉さんと一緒にフライパンで旨そうな料理作りに勤しんでいるエプロン姿の郷間が居た。
「やぁ!おかえりー!随分と遅かったじゃないか!待ちくたびれていたよ!」
警部は暇人なのか?何故こんな葉月が今も狙われている状況の中、料理に励んでいるんだ?理解出来ない……俺は郷間のおかえりーという言葉を無視して、帰らせるように促すことにした。
「何しに来たかは知らないがここは俺が住まわせて貰っている家だ。あんたはさっさと帰ってくれ」
「そういう訳にもいかないんだよな~。今日は色々と君のことをご家族にお伝えしたいしな。けど手ぶらだとやっぱり失礼だろ?だから、今料理作りをしているのはその詫びなんだよ」
姉さん……何でこんな男をのこのこと玄関に招いたんだ?俺はソファーに寝そべっている姉さんに理由を聞くことにした。
「姉さん、何でコイツを玄関に入れたんだ?理由が知りたい」
「何でって?そりゃあ私も最初ゼクター大宮支部の者ですとか言ってきたからびっくりしちゃって警戒したわよ。けど私が何の御用かとモニター越しに言ったら蓮のお友達ですとか言ってきたから怪しい人じゃないのかと安心して入れたの」
勝手に友達にされたか。しかも、そんな言葉に安堵して玄関先はおろかリビングにまで入れさせるとは姉さん……いつか騙されるぞ。
「大丈夫よ、あの人……悪い人では無い感じだし!それより、風呂に入ったら?今なら良い温度よ」
「今はやめとくよ。とりあえず風呂は郷間が帰ってからにする」
「よし!皆出来たぞ!」
郷間の出来たという叫び声に俺は振り向き一面のテーブルを見た。テーブルにはかなり美味しそうな料理がずらりと食卓を囲んでいる。これは悔しいが……料理の腕に関しては認めるしかなさそうだ。俺は洗面台で手を洗って椅子に座り、どの料理から手に着けようか悩んでいると玄関先のドアの開いている音がした。どうやら今日の植木は帰りが早かったようだ。
「ただい……ま!?何だ!この見た目から漂う旨そう料理は!?」
「あぁ、あなたが父上ですか~。私、ゼクター大宮支部から参りました郷間と申します。今日は話があって来たのですが、流石に手ぶらはまずいと思ったので私お手製の料理を作りました。手を消毒してから、ゆっくりと召し上がって下さい」
「ゼクターだと!?だとしても人ん家でさらりと自分の料理を並べるじゃない!……と言いたいがこの目の前の料理を早く食べたいから、話はその時に聞こうか!」
植木は自前の黒鞄をソファーの上に置き、急ぎ足で洗面台を使って手を消毒してテーブルの椅子に座った。どうやら、俺を含めて植木・姉さんは待ちきれないようである。
「じゃあ、先攻は俺からだ!いただきます!」
植木は茶色の箸を右手に持ち、郷間の作った料理の一つであるチンジャオロースを口にした。植木の驚愕な顔を見る限り、間違いなく美味いのだろう。
「私はこの料理を食べるわ…………うーん、美味しい!」
姉さんは歓声を上げ、次々と遠慮なく食べていっている。そしてその皆が美味しく食べている姿にかなりご満悦な表情をしている郷間
……これはまんまと胃袋を掴まされたな。俺は郷間のニッコリ顔をなるべく見ないように料理を次々と口にした。 ※※※※
間もなく夜8時……今頃は適当なバラエティー番組をつけて姉さんと談笑している筈だが、今回は状況が状況なだけにかなり違った雰囲気が漂っていた。今はテーブルの上に暖かいお茶が3つ置いてあり、俺の隣に姉さんと植木が座り向かい合って郷間が座っている。
「今日の料理かなり美味しかったです。ありがとうございました。それで、本題についてですが……今日は何の話で来られたのですか?」
「彼、如月蓮君をしばらくの間こちらの組織で一時的に働かせたいのです。その為に今日来させて頂きました」
「働かせる?蓮はまだ学生なんですよ?それに俺は両親から任せられているんだ。冗談はほどほどにしてくれませんか?」
植木の表情は怒りに震えていた。まぁ、この話をしたら真っ先に怒るだろうとは思ったが……俺は自分の側に置いてあるお茶を一口つけて、植木を説得することにした。 「植木、あんたは認めてくれないとは思うがこの件、俺はなんとしてでも成し遂げたいんだ。頼む」
「危ない事に首を突っ込む気か?冗談じゃないぞ!俺は少なくとも認めない。親としても教師としてもな!」
だと思った。だがこれでは、いつまでたっても話が終わらないぞ。いや、むしろ今日限りでこの仕事を辞めさせられてしまう。それだけは避けないといけない……どうしようか悩んでいると郷間は俺に向かってウインクした。何か考えがあるのか?
「植木さん、いや植木達也“元”刑事……あなたが私の話に賛同してくれないのは親のメンツもあるかとは思いますが、一番の理由はゼクターという……組織が嫌いなんでしょう?」
刑事なんて初めて聞いたぞ。いや、昔のこと聞いていたらわかっていたとは思うが……意外だ。
「植木、今の話は本当なのか?」
「悔しいがその通りだ。俺は10年前、ゼクターという組織に従事していた。昔はそれなりのエリートだったんだがな……時々、事件の時に上の考えと合わないことが多々あってな。それで嫌気がさして辞職したんだ」
植木の表情は曇り顔になっていた。よっぽど昔に嫌な事があったんだろうな……詳しく聞いても答えは返ってこなさそうだな。
「植木さん、あなたが今回の話に納得出来ないのはよくわかっています。親としても教師としてもその判断は間違ってはいないでしょう。ただ蓮君は特殊な状況下にある……もし、あなたが今逆らって彼を我々の仕事から外すようであれば、私は彼を遠いところに隔離しなければなりません」
その言葉は卑怯だな。これだと植木は逆らえないぞ……
「くっ!あんた、蓮にそんなことしてただで済むと思ってんのか!いくら警部だからって傲慢過ぎるぞ!」
「私も聞いてて頭にきたわ!蓮にそんな酷いことをしたら絶対にあなたを許さない!」
怒りを無駄に買わせる気か……本当に何がしたいんだコイツは?
「さぁて、どうしますか?選択肢は二つです。彼、如月蓮を我々の元で一時的に働かせて今ある家庭生活をさせるのか?はたまた彼を我々の件から強制的に離して研究所送りにさせるか?……時間はいくらで待ちます。今日、選んで下さい」
植木はその質問に歯ぎしりして深く頭を悩ませていた。一方の姉さんは沈黙していた。時計の一つ一つの針が部屋を重く響き渡らせる……もう時間は夜の9時20分、こんなに時の流れが早いとは。やがて、植木は顔を上げて俺に言葉を放った。
「研究所送りとは重い話だが、お前何か持っているのか?曖昧な言葉は許さないぞ……はっきりとした言葉で答えろ」
植木には本当の事を告げた方が良いのか?俺の今所持している異能を……だが告げなければ到底説得は困難を極めるな。もう、話すしかない。
「信じられないかもしれないが、俺は右目の異能で他の異能者の能力を複数真似することが出来る。制限は無いと考えてはいるが……とにかくこの異能のせいで俺はゼクター大宮支部、いやゼクターという組織全体に狙われてしまった。俺が今こうして居られるのはある任務をしているからだ。この任務を断れば俺は翌日に間違いなく研究所に強制移送させられるだろう。だから、俺はこの任務をやる。やらせてくれ植木」
その言葉を聞いた植木は溜め息を大きく漏らし、上の天井に顔を見上げた。
「本当は認めるわけにはいかないが状況が状況なだけに認めざるを得ないな……くそっ!認めてやるよ!」
後は姉さんが頷けばこの話はなんとか終結する。
「姉さん、今は認めてくれ。頼む」
「蓮、あなたには私と同じ普通の高校生活を送って欲しかったのに……認めるわ。でも、絶対に無理はしないでね!」
「ありがとう、姉さん」
話の決着は無事につけれたと判断した郷間はすぐに席を立ち、玄関先に向かっていった。俺と姉さんも席を立ち、形式的なお見送りをすることにした。
「じゃあ、今日はありがとうございました。これにて、失礼いたします」
郷間は一礼をして、ドアを開けようとしたが植木の一声に振り向いた。
「どうかしましたか植木さん?」
「今回の件は仕方なく認めてやったが……これだけは言っておく!俺はあんたらの組織が大嫌いだ!二度とその面を見せるな!良いな!?」
郷間はその言葉にニコッと笑い、家を後にした。だが植木はまだ苛立っている様子だった。
「くそっ、ムカつくぜ!蓮、凛……悪いがちょっと二階の自室で煙草吸ってくるから、用がある時以外入るなよ!」
そう言うと、植木はスタスタと二階に駆け上がっていってしまった。煙草を吸うとは……かなりストレスが溜まっているんだな。俺はその様子を見た後、風呂へと向かった。この汗だくの身体を早く洗い流したい。そんな時ポケットからメール専用の音が鳴り響いた。メールの差出人は郷間である。内容は「この前君達を襲ってきた犯人の居場所を特定出来たから今週の土曜日に大宮支部に来て欲しい」とのことだった。
「これで、何か手掛かりが掴めたら良いのだが……」
不安な気持ちを押し殺し俺は、服を脱ぎ捨て風呂へ向かっていった。