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影消す光  作者: 善良悪霊
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男の約束

 少年の部屋の床に敷かれた毛布の上で、ゼルは横たわっていた。

 エネロは隣で寝てもいいと言っていたが、お世辞にも広くないベッドに自分が寝てしまったら彼の居場所を追い出してしまう。今は暑くない時期らしいので使っていない寝具を借りて床で寝ることにした。



 遠くで獣の声が聞こえる。大きすぎて体を震わすものでも、小さすぎて耳をくすぐるものでもない。寝るのには特に邪魔なものではなかった。 

 窓からさす月明かりも、優しく、ゼルを眠りにいざなおうとしているかのようだ。

 それでも、彼は眠ることができなかった。自分の名前と、何かをしなければならないと言う気持ち……。それが彼の中の何かをずっと動かしている。

 だが、自分は何をすればいいだろう。それに自分のこともだが、エネロとマイのことも気になる。彼らの出身地の事。兵隊の事。そして彼ら自身の事……。自分が深入りするようなことでもないかもしれない。でも、助けになりたいと言う気持もある。

 様々な考えが彼の頭を駆け巡っていき、彼に眠りにつくのを許さない。

 もそもそと彼の少し上で少年が動く。



「にーちゃん。まだ起きてるのか?」

「エネロ」


 月明かりに照らされたベッドの上でエネロがこちらを見ながら声をかけてくる。


「すまない。起こしてしまったか?」


 彼の言葉に少年は首を横に振る。



 「いや、オイラもちょっと眠れないんだ。なんだか心の中のいろいろなものがグルグル回っているっていうか、なんというか。変かな?」

「ふふっ。奇遇だな。私もだ。変なのだろうかな?」



 ゼルが少し微笑み、ゆっくりと体を起こすとエネロもニヤリと笑い返し跳ね起きるようにベッドに座る体勢になった。



「兵隊たちに襲われて、びっくりしてさ。でもにーちゃんがいてくれたから助かって……まあおいらもちょっとは、コショウ玉を投げてにーちゃんを助けたけどな」

「ああ、あれには助かった。君はああいう物をいつも作っているのかい?」



 あの時、彼が投げつけたこしょう玉がなかったら手傷の一つは追っていたかもしれない。マイには悪いがゼルはエネロに感謝していた。

 青年の問いに少年は体を完全に起こして棚に移動した後、いくつかの丸いものを持っている。



「へへへ。荒っぽい動物とかを追い払うのにたまに使っているんだ。頭にいいやつにはなかなか効かないけどな」

「これを、君一人で作ったのか」



 少年が持ってきた玉を見て、少し驚く。もともとこの手の道具には作るにはある程度技術がいるものだ。どれくらいの衝撃で割れるのか。どれほどの量の素材を使うのかなどと言ったものだ。ゼルが持っている知識では細かいことはよくわからないが、その球体は十分に完成されたものに見えた。

 玉を眺めているとエネロがゆっくりと口を開く。


「にーちゃんはさ、行くあて、どこにもないんだよな」

「そうだな。明日からどうするかそれを考えていたところだ」


 少年たちの案内があれば森を抜けることはできるかもしれない。だが、抜けたところでどうしたらいいかわからない。森ではない、より深い道に迷うようなものだ。近くに国でもあるのならば、そこから情報を得ることもできるかもしれないが、果たしてすんなりととおしてくれるだろうか。なにせ、身分を証明するものは何もない。

 あったら自分が欲しいくらいだ。



「だったら、しばらくここで暮らさないか?兵隊たちもここを見つけるまでは多分時間かかるだろうし、マイもにーちゃんのこと結構気に入っているみたいだしさ」

「ここで……か。いいのかい?」



 ゼルにとって少年の言葉は願ってもないことだった。確かに、やみくもに動くより、まずは情報をある程度集めたほうがいい。日常生活に支障をきたさない程度の記憶は残っているものの、この世界のことに関しては何一つとして覚えていないのだ。さきほど部屋を見渡したところ、何冊か本が置いてあるのも見えた。マイに聞けばまだあるかもしれない。

 何より、ここを離れるとしても彼らをこのまま放っておくことはできそうになかった。



「その代わりと言っちゃなんだけど……」



 彼にしては珍しく、言葉が弱くためらいを覚えるかのように喋る。



「世話になるのはこちらなんだ。遠慮なく言えばいい。私にできることなら力になろう」



 兵隊たちを何とかしてほしいのだろうか。それとも逃げる助けを……。ゼルが考えていたのはそんなところだった。だが、エネロの言葉はどちらでもない。

 


「オイラを強くしてほしいんだ」



 少年の瞳はどこまでも真剣に彼を見続ける。



「強く……?」



 ゼルは思わず聞き返す。確かに自分は並の人間より身体性能は高いみたいだが、記憶がないので教えられることはそんなに多くない。確かに、基本的な戦い方や鍛え方はなんとなくわかるが。

 悩んでいるゼルに少年は言葉を続ける。



「オイラは昔約束したんだ。どこにいってもマイだけは絶対に護るって。でも兵隊たちと今日出会って、自分の力のなさを思い知らされたんだ。このまま逃げても、兵隊たちから逃れることはできても、きっとまた別の何かがオイラたちを襲うだろうって。だからおいらは強くならなくちゃダメだって。それに」



 真剣な表情は崩さないが、少しだけ微笑む。



「にーちゃんと会ったときからずっと何か運命を感じたんだ。それが何かわからないけど、でもきっと今を逃したら後悔するって。だからお願いだ。にーちゃん。オイラを強くしてくれ!」



 いつの間にかに彼はベッドの上とはいえ、膝を地面についてゼルに頭を下げていた。どこまでも強くまっすぐに、そして本気の頼みだった。

 ゼルは色々と考えていた。この森がどこまで安全かわからない。もしかしたら、明日にでも兵隊がここを取り囲むかもしれない。しばらくは大丈夫とのことだが彼らも無能ではないだろう。やがてここを見つける。

 それでも彼らがここを離れたくないと言うのにはおそらく深い理由があるのだろう。エネロも本当なら、自分でこの場所を守りたいと思っているのかもしれない。だからこそ、強くなりたいと。

 頭を少しだけ上げてこちらの様子を伺う少年にそっと声をかける。



「明日から、私を師匠と呼ぶのだぞ。エネロ」

「にーちゃん……!」



 彼の顔に喜色が浮かぶ。そしてゼルは彼に手を差し出した。

 記憶のない自分は生まれたばかりの存在に等しく、何かを考え、何が正しいかを判断するには材料が少なすぎる。

 ならば、したいようにするのもいいかもしれない。どうせ当ても何もないのだ。



「私は弟子を絶対に見捨てない。君が望む限り、君を強くしよう」


 青年自身でも似合わない台詞と思ったが、エネロは喜んでその手を取った。

 

「男の約束だぞ!にーちゃ……いや、師匠!!」

「ああ、約束だ」



そして、手が離れると同時にゼルは体をゆっくりと横にする。



「さあ、明日から訓練だ。早く寝るぞ」

「うん!わかった!」


 

 そのまま勢いよく、エネロは体を横にして、その反動を利用するかのように眠りにおちた。

 ゼルもそのまま瞳を閉じる。


 

 いつの間にか獣の鳴き声ももうあまり聞こえなくなっている。

 普段は騒がしいともいえる元気な少年の安らかで静かな寝音がようやく青年の思考を落ち着かせ、眠りにつかせた。


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