木の家
外側の期待を裏切らず、家の中もまた暖かさを感じさせるものだった。どこか落ち着く雰囲気がある部屋はいくつかあり、少し大きめの部屋の他には台所や暖炉、それに二つのドアが見えた。二人のそれぞれの部屋とすぐ分かるような文字がかかれた手製のプレートがドアノブにかけられており、それがまた微笑ましい。
そして今、三人は部屋の中央にあるテーブルで話し合っていた。
マイが運んできたパンやシチューが目の前に並べられている。ゼルはゆっくりと口にそれを運んだ。素朴な食事だったが、口から染み渡るように体の疲れを癒してくれた。
一応、一通りのことを彼女に話しておいた。自身の記憶がないこと、エネロが兵隊に襲われていたこと。それを助けたことなど。
聞き終えた彼女がゆっくりと話しかける。
「そうですか……記憶をなくされたのですね。それに帝国の兵隊さんたちも……あらためてありがとうございます。ゼルさん。兄さんが助かったのはあなたのおかげです」
「それはかまわないよ。成り行きみたいなものだ。それで、最近このあたりで何か変わったこととかはなかっただろうか?どんなことでもかまわないのだが」
落ち着いてくると自然に状況が見えてくる。自分が倒れた状況を考えると手がかりがあの場所の付近に何かがあるのかもしれない。
しかし、少女は首を横に振る。
「いいえ。この森はあまり人は近づかないのです。確かに人が通るための道もあるのですが、それすらも通る人は滅多にいません。どこかに行くのならほかに便利な道も方法もたくさんありますから」
なるほど、とゼルは納得する。二人が追われている身であれば、極力人目を避けようとするだろう。もしこの森が彼女の言うとおりの場所ならば、これ以上ふさわしい場所はない。記憶を失った自身の情報を求めるには逆に不便な場所であるが。
自分の情報についてはあとでも考えられるのでいろいろと気になっていた彼らについて聞いてみることにした。
「君たちの他には誰もこの家にはいないのかい?ご両親は?」
「……父も母もいません。覚えてないぐらいです。実を言うと帝国で暮らしていたという記憶もあまりないんです。あの国からある人の協力で逃げ出して、私たちは八年前ほど前からこの場所で二人で住んでいました。たまに、食べ物とか必要なものを届けてくださる方はここに訪れますけど」
どうやら彼女たちはまだ物心もはっきりしていない時から帝国から逃げ出して、この深い森へ住んでいたらしい。彼女の話だといろいろ分からないこともあるが、今一番気になることが一つあった。
「なぜ、そんな危険な真似をしてまで帝国から……」
「それは……その」
マイが言いよどむ。エネロもなにか悩むように下を向いてしまった。記憶がないとはいえ、理由はわかるようだ。ゼルも簡単に話せるような事情とは思っていなかったが、聞かずにはいられなかった。いくら身を隠すのに適しているとはいえ子供二人でこの場所で暮らすにはいささか、危険すぎる。それほどまでに帝国から逃げて身を隠さなければいけないような事情があったのだろうか。兵隊たちも彼らの罪は重いと言っていたが全く推測ができない。
もっとも無理に知る必要があるようなことでもないと思ったが。
「話したくなければ話さなくていい。むしろ無神経な質問をして、すまなかったな」
「……いいえ、とんでもありません。ありがとうございます」
彼女は静かにお礼を言った。エネロもどこかほっとした顔を見せる。そして、少しの間だけ、会話が途切れ、食器が動く音だけ周囲に響く。
やがて、マイが静かに口を開いた。
「その……兄さんのお話によると、ゼルさんはとても強い力をお持ちのようですね」
「そうなんだよ!そうなんだよ!!」
さきほどの雰囲気はどこへ飛ばしてしまったのか、興奮した様子でエネロが語りはじまり、マイはああ、しまったという顔をした。さきほどマイに事情を説明したのだが、どうやらさきほどの闘いはエネロには刺激が強かったらしく、何度も語りたがっている。若干脚色しているが。
「こうオイラがピンチの時に、にーちゃんがキラーンと出てきてな!一瞬でバーッて移動して、そこからあいつらをビューンと遠い果てまで投げ飛ばしてさ!さらに、向かってきて奴に対して腕を光らせたかと思うとバコーンって殴りつけて一瞬で相手をぶっ飛ばして、そんなにーちゃんがピンチの時にオイラがすかさず、コショウ玉を、もがっ!?」
「少し黙っていてください。会話の邪魔です。それから前々から言っていますが食べ物を武器に扱わないでください」
マイは兄の口にテーブルに置いてあるパンを押し込む。もがもがと口に手をあてながら、エネロは咀嚼するのに集中せざるを得なくなった。どうやら妹の方が立場が上らしい。
咳払いをして、マイは自身の案を述べる
「もし、それほど強い人ならば、この森のどこかではぐれた人が居るかもしれないですし、手掛かりのようなものがあるかもしれないです。とりあえず今日はこの家で泊まっていってください。兵隊さんたちもさすがに今日はこの場所を見つけることはできないと思います。そして、これからのことを考えましょう」
「もがもがごくん……。いいな!にーちゃん!泊まっていってくれよ!」
マイの提案に咀嚼を終えたエネロもそれに賛同する。特に断る理由はない。むしろ、このまま外に放り出されても、行くあてもなくフラフラとさまよって倒れる光景以外予測できない。
「いいのかい?」
「ええ、二人きりで生活していたので久々にお客様が来てくださってうれしいんです。それに……」
その続きを言おうかどうか迷ってしまっていたようだが、おずおずと、だがはっきりと彼女は口にした。
「もしかしたら、この家に迎え入れることができる最後のお客様になるかもしれないので」