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影消す光  作者: 善良悪霊
2/22

目覚め

 どこかにある世界。

 そして、その中のどこかの森。

 ”彼”はそこにいた。 



 目を閉じてはいたが、意識はある。

 いつからか眠っていたのだろうか。それともずっと起きていたのだろうか。

 そんなことさえ曖昧なままに、彼はその場所で伏せていた。

 


 風の流れを感じる。自分の頬に当たる冷たさが心地よい。

 顔のすぐそばにあるものをかぐ。土の香りがする。それに少しだけ水の匂いも。近くに川があるのだろうか。

 遠くから聞こえる鳥の声、ささやくように耳に入ってくる。獣の吠え声、こちらはまるで体を震わせるようだ。聞こうとしなくても耳から自然に入ってくる。

 最初に覚えた感覚は、そのようなものだ。きっと自分ではなくてもだれもが感じるのだろう。そして自分でもわかる。ごく自然なものなのだ。

 だが、だからこそ、彼は自然にわからないことに戸惑いを覚えるものがあった。




「(私は……誰だ……)」

 



 閉じていた目を開けて、腕を動かし、ゆっくりと体を起こして、立ち上がる。まるで一つでも間違えると何かを失ってしまう様な恐怖を感じながら慎重に。

 自分が立っていた大地は茶色く、自身が身にまとっている黒い服に少しだけ色が移っている。周りは木や植物だらけだ。おかげで視界が狭い。ここなら動物もたくさんいるだろう。先ほど聞こえた声に何一つ不思議なものはない。

 やはり少し離れたところに川があり、遠くから見てもわかるほど澄んだ水が流れている。自分が倒れていた場所は草も樹もなく、どうやらその川につながっている道だったようだ。川の反対側に伸びている道はどこまでも続いていてどこにつながるかわからない。

 木漏れ日から漏れるような太陽の光が立ち上がった彼に振りかかる。 




「(ここは……どこだ?)」



 

 全く見覚えがない場所だ。というより、見覚えのある場所というものを思い出せない。

 鳥の存在も、動物の存在も、植物の存在も川の存在もそして自分が人であるということもわかる。

 ためしに単純な計算式やここにないものも想像してみる。答え合わせをする手段はないが、問題なく思い出せた。

 だが、どうしても、自分が誰か思い出せない。

 どこから来たのか。どこで生まれたのか。家族はいるのか。友達はいるのか。何をして生きていたのか。



「……」



 考える。まるで砂漠の中で一滴の水を見つけるように。一つの芽を探すように。

 しかし、どのような知識から探っても、どのような考えを起こしてみても自分につながるものは見つからない。

 彼は気が付いたら川に向かって歩き出していた。別に考えがあったわけではない。ただじっと考えているよりうごいたほうがまだ何か思いつく可能性があるような気がしたからだ。

 そして地面が揺れ動き、少しだけバランスを崩しかけたが転ぶことなく川に近づく。そして、あまりにもきれいな水の前に彼は全身を傾ける。

 最初に目についたのは黒と茶色が混ざったような短い髪。そして、それを映したかのような上は黒い服に下は茶色いズボン、そしてそれらを包むような黒く何かを羽織っている、流れる水の中に映し出される姿だった。

 そして顔を見て、二十歳から二十五歳の青年ぐらいで、肌は俗にいう肌色……。

 そこまで見たとき、彼はハッとした。



「そうだ!!私は……」



 まるで目の前の流れる水が彼の頭の中にそのままめぐり、砂漠と化していた記憶の大地に降り注ぎ、若葉が砂から這い出たようだ。もちろん全部思い出せたわけではない。本当に僅かだけだった。

 ただ、重要なことには間違いなかった。


 自分を定義する、自分の名前。

 彼はそれを口にしようとした。 



 しかし、彼の発しようとした音は別のものによって遮られてしまった。

  


「うわぁぁぁぁ!!」


 

 風のように高い音が突き抜けた。悲鳴があたりに広まる。間違いなく人の声だ。

 川の向こう岸の方から声がした気がする。方角を見てみると、彼の予想が正解と答えるように遠くに見える一部分から大小さまざまな鳥が空へと飛び立っていった。

 まだ、その行動に理由をつけられるほど記憶は戻っていない。でも記憶ではない何かが彼を動かした。 


 

 行かなければならない。



 そう思った時だった。もう目の前に川はない。そして進むべき道が目の前に会った。

 彼はすでに向こう岸に立っていたのである。思わず振り返った。それほど大きな川でなかったとはいえ、道具も無しに渡れるものなのだろうか。来ていた服に水はついておらず、周りを見渡しても橋どころか板一枚棒一本もない。少なくとも彼はこれが異常だと分かっていた。

 


「っ!?」



 戸惑いは覚えたものの、今自分が追いかけようとしているものを思い出した。聞こえた様子だとかなり切羽詰まった状況なのかもしれない。手遅れになる前に戸惑いを端に追いやり、足を動かすことに集中する。 強い風が生み出され、太い木々が揺れて、周囲の風景が霞んだ。それが自分自身が走ることによって生み出されているものだとすぐにわかった。


 やはり自分がしていることは、自分の知識の中にある普通の人間がすることではない。

 それでも、もう彼は迷わなかった。





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