改革 行政組織
ここからはちょいちょい戦闘を挟みながらの内政パートです。
「では、アレス殿、お気をつけてグランツに行かれてください。また、1ヶ月後に」
「えぇ、また1ヶ月後に。お待ちしております」
アレスとウィリアムはそう言って微笑み、ガッシリと握手を交わす。
アレスは一週間をかけてレドギアを周り、その豊かな土地や精強な兵達を見て回った。
その内容はアレスの想像以上であり、さらなる発展性を感じたのであった。
「アレス様、ご安心ください!!その際は私は参れませんが、1年後には必ずレドギアの精兵を連れて、お役に立ちますゆえ」
(旦那様、早くお会いしたいのでとっとと兵を集めてそちらに向かいます!!)
「あ、あぁ……頼りにしてるよ………」
アレスは見送りのリリアナに強張った笑顔を見せる。横ではジオンが憐れみの表情でその様子を見ていた。
この一週間で、レドギアとの盟約の内容に一文が増えることとなった。それは
『リリアナを大将とするレドギア精兵のグランツ方面への派遣。以後、グランツ軍として組み込む』
というものである。
アレスがレドギアの城に止まった翌朝、早くからリリアナがウィリアムの寝所に血相を変えて向かったとの連絡を受けており、この件に関わっているのは一目瞭然だった。
何か釈然としない気持ちを抑えながら……アレスはレドギアを立ったのであった。
◆
アレスがグランツに到着したのは帝都を出立してから三週間後である。
かつてのグランツ公国の都であり、現在の中心都市であるハインツにはシュバルツァー領から続々と物資や人材が送られているところだった。
ハインツ城内に入るとまず迎えてくれたのは旧グランツ公ゲイルとジョルジュの二名。
先に到着したジョルジュ達はすでに政務を始めていると聞く。
ジョルジュは早速グランツにいる内政官と打ち合わせをし、細かい指示を出し、動き始めたのだ。
「お帰りなさいませ、アレス様」
「ようこそ、ハインツへ。アレス殿」
アレスは馬から降りると、ゲイルの方に急いで駆け寄り、その手を取った。
「ゲイル殿……お身体の具合はよろしいのですか?」
「いい……とは言えませんがな。だが、アレス殿から届けられた薬を飲んでからだいぶ体調が良くなってまして。このように顔を出すことぐらいはできるようになりました」
アレスはグランツ攻略以降、自ら調合した薬をゲイルに渡していた。
ゲイルは言葉を続ける。
「本来はこの出迎えもダリウスの役目ですが……彼奴はシグルド殿とここ連日稽古をしており、出てこぬのですよ」
そう言ってゲイルはからからと笑った。
「アレス様、旅のお疲れもあると思いますが……今後の事を図りたいと思いますゆえ、早速執務室へよろしいでしょうか?」
話がひと段落ついたのを見計らい、ジョルジュは言葉を挟む。
到着早々の仕事の話にジョルジュらしいとアレスは笑った。
「そうだね、そうしよう。シグルドとダリウスも来るように伝えてもらって良いかな?……あとシオンは……」
「すでに執務室にて待機しております」
「……へぇ、珍しいねぇ」
「何か提案があるそうで、せっせと準備をしておりましたよ」
そしてジョルジュは思い出したように言葉を付け足す。
「そうそう、期待の若手も連れてきましょうか」
「期待の若手?」
「アレス様がよくご存知の御仁です」
そう言うと、ジョルジュは踵を返し執務室へ向かう。
アレスはその様子を見て、苦笑するとゲイルに一声かけてから後を追うのであった。
◆
アレスがゲイル、ジョルジュの両名とともに執務室に入ると、まず目に飛び込んできたのは、珍しく真剣な顔で地図と睨めっこをしているシオンの姿であった。
彼の頭脳にはこれから始まる壮大な戦略が練られている……アレスはそう察すると、声をかけず視線を横にずらし……そしてそこに見知った顔があることに気づいた。
「エラン!エランじゃないか!?」
「お久しぶりです。アレス様」
そこには友人であり何度も仕官を断り続けていたエランの姿があったのだった。
「来てくれたのは嬉しいんだけど……良いのかい?」
「えぇ、店は義弟達に預けました。」
そう言うとエランはアレスの前に跪く。
「アレス様との誓いの通り、参上仕りました。どうか、家臣の末席に迎えていただければと思います」
その姿を見て慌ててアレスは駆け寄り、エランの手を取り、助け起こした。
「ありがとう、エラン。君が来てくれたらこれほど心強い事はないよ」
アレスとエランがお互い笑いあったその時……大きな声とともに執務室の扉が開かれる。
「今回は俺の勝ちだな!」
「今回は確かに不覚だったが、まだ10勝9敗と某の方が勝っている。大きな顔をされては困る!」
「はっ!次回も勝てば同率だ。すぐに抜いてやるよ……」
いつの間にこんなに仲良くなったのだろう………シグルドとダリウスは肩を並べて入ってきたのだった。
皆の視線が集まってることに二人は気づき、バツが悪そうに笑う。
「これで全員揃いましたな。では、始めるとしましょうか?」
ジョルジュはそう言うと自ら草案した組織図を壁に張り出すのだった。
◆
執務室にはアレス以下、シグルド、ダリウス、シオン、ジョルジュ、ゲイル、エラン……そして旧グランツ公ゲイル以下、将官、そして内政官を務めていたもの達がそれぞれ数名。今後グランツを運営するにあたり重要になる人物たちが呼ばれていた。
グランツは尚武の国であり、優秀な将兵は沢山いる。だが、内政官は数少ない。
グランツ公ゲイルは、その少ない内政官とともにこの国を回してきたのである。
グランツにいる内政官でもとりわけ優秀なもの達が二人。
まずは文官筆頭のベルガンだ。年は40代ほど。茶髪碧眼でガッチリとした体躯をもつ。
グランツでは珍しく優れた政治感覚を持ち、ゲイルが公王の際は宰相として力を発揮していた。ゲイルをして「グランツの生命線」と言わしめたほどの才覚の持ち主だ。
もう一人は、ゲイルの長男であり、ダリウスの一つ上の兄であるラムレス・グランツである。
ラムレスはダリウスの兄ではあるが、武術に関してはまったく才能を持たなかった。彼の才覚はその政治センスであったのだ。
父であるゲイルはそれに気づくと、彼の負担を除くべく早々と嫡男をダリウスに変え、ゆくゆくはその補佐に回せるべく、内政官としての経験を積ませていった。
ラムレスもそれをよく理解しており、また望んでその立場に移ったのである。
「グランツの文官に人無しなどとよく聞かれるが……実際は違うものですな」
とはジョルジュの言。
彼等と話し、またその才覚を知り、ジョルジュは非常に喜んだ。
ジョルジュの合図で、多くの者たちが近くにある椅子を引き寄せて座る。静かに考え事をしていたシオンも一度思考を止め、素直にジョルジュの貼りだした用紙に目を向けた。
「本日はここにいる方々に、これからグランツが歩むべき政略と戦略を示そうと思っています。政は私が、戦略はシオンが担当しましょう」
そう言うとジョルジュは全員を眺めながら言葉を続ける。
「先ずは役職を整えねばなりませぬ。そこで、私が考えたのは以下の役職です」
ジョルジュの貼りだしたのは行政組織表だった。その紙に全員が目を向ける。
先ずは最高行政長官としてアレスの名が記されている。
その下を見ると。
最高行政長官 アレス
政務長官 ジョルジュ
政務補佐官 エラン
政務補佐官 ラムレス・グランツ
顧問 ゲイル・グランツ
財務長官
農業長官
商業長官
工業長官
治安維持長官 エアハルト・グランツ
土木事業長官
戸籍長官 ベルガン
と書いてある。
「ひとまず役職はこんなものでしょうか?」
そう言うと、ジョルジュは説明を続ける。
「とりあえず、政務長官としてしばらくの間、私が残り全てをみる予定です。エラン殿は私の補佐として仕事を覚えていただき、然るべき部署にいってもらいます」
「人材のあてはいるのかい?」
シオンが質問する。
「シュバルツァー領内から何名か引き抜きましたし……ほら、私らの同期にも頑固すぎて帝都で仕事に溢れてる人材がいるでしょう?」
それを聞いてシオンは笑う。
「あぁ、あの連中か……なら納得だね」
ジョルジュはアレスの方を見て、説明を続けた。
「この地を何十年と治めていたゲイル殿は我らとともに加わっていただきたい。されど、病が未だ完治していない身ゆえ、顧問という立場で支えてもらおうと思います」
「顧問という立場だと、気持ちが楽になりますな。ありがたい」
ゲイルはそう言って笑う。
「ラムレス殿にも私の補佐をお願いしたい。以前よりこの地の政務の中心となっていた方なので、いてくださると助かります」
「この地が豊かになるなら喜んで引き受けます」
ラムレスはそういって笑う。
「治安維持はやはりこの地をよく知っておられる方がよいと思い、エアハルト殿にお願いしました」
エアハルトはゲイルの三男、ダリウスの弟であり、兄同様武勇に優れていた。対外的な戦は主に彼が出ていた。
声をかけられ、エアハルトは頷いた。
「また、戸籍を作ろうと思います。この作業はとても細かく大切な仕事です。これはこの地に詳しい方……この地の内政を務めていたベルガン殿にお願いしたいと思っております」
「今まで中々手のつけられなかった仕事ですね。喜んでやりましょう!」
ベルガンは力強くそう言った。
「おそらく3ヶ月ほどもすれば、役職は全て決まりましょう。ご安心下さい」
すると、近くにいたシグルドから質問の手が上がる。
「一つ聞きたいのだか……戸籍とは何だ?」
「戸籍とは……どこに誰がいるのかしっかり明記することです」
ジョルジュはそう言うと、書類を取り出した。
「ここに誰がいるのか、領内に何人いるのか把握することで税の徴収を始め、様々な事を円滑に進めることができます。私の見るところ、グランツ全体で、もっと多くの人間が住んでいそうです。それを確実に把握せねばなりません」
そして彼は書類を捲る。
「また、戦などで死亡した時、それに対する保障を行うことができます。言わば、民を守るため、民が住みやすくなるためのもの……とでも言えばよろしいでしょうか?」
納得するシグルド。次いでゲイルが質問をする。
「……以前我らもやろうとは思ったのだが……できなかった。賛成だ。ところで……儂としてはジョルジュ殿の手にあるものが気になってな」
「あぁ、こちらですか?」
ジョルジュはそう言うと、とある一冊の束ねられた書類を取り出す。
「ジョルジュ殿、それは……」
「この地に定めるべき、新しい法律です」
そういうとジョルジュは全体を見据えながら語り始める。
「辺境伯という位は一定の自治権を認められております。この際、アルカディアとは別に、この地の法を作りそれを基準にして治めていきたいと思っております」
そしてジョルジュは全員を見渡し、熱く語り始めた。
「勿論、この法にはアレス様も従っていただくつもりです」
「!?どういうことだ?」
シグルドは思わず声を上げる。アレスはというと……静かに微笑んでいた。
「最高の立場の人間が法に従うことによって、グランツ全ての人間も必ず従うことになります。法は民を守り、そして領主をも守ります。法の内容としては細かい内容はまだ明記できませんが……指針となるべき大きな内容で作っていくつもりです」
後のアレスティア皇国における「立憲君主制」の元になる考えはここから生まれたといえよう。
ジョルジュは一通り説明が終わると
「もちろん、まだこの地の改革は始まったばかり。まずは豊かにしていくのが先決になります。来月、レドギア、トレブーユ、ブルターニュの代表を交えて、今後の方針を打ち出すつもりです」
ジョルジュがそう締めくくるとアレスは全員を見渡して言った。
「誰か、この意見に反対するものはいるかい?」
そして誰もいない事を確認するとアレスは行政組織表にサインをする。
アレスがサインを入れた瞬間、その用紙が輝き始めた。
「この用紙は神殿の魔法がかかった…聖紙だ。ここにいる全員がこれをしっかり守るように」
「はっ!!」
こうしてまず、グランツの政の基盤……行政組織が編成されたのであった。




