剣聖と姫騎士 再び
「姫様も思いきった事をされましたな」
ジオンはそう言いながら、リリアナに模擬試合用の剣を渡した。
「そうか?あの場では仕方がないと思ったのだが?」
そう言ってリリアナは訓練用闘技場の反対側にいるアレスに目を向ける。横にはウィリアムが平身低頭しながら謝っている姿があった。
アレスとウィリアムの会談中、リリアナはアレスに試合を申し込んだ。恐縮するウィリアムをよそにアレスは笑顔でそれを快諾したのだった。
「ジオン」
「はっ」
「私は……今まで大きな敗北をしたことがなかった」
「……はっ」
そんな自分が負けた。しかも圧倒的な技量差をつけられて。
思い知らされた。自分より遥かに上をいくものがいる事を。
「今一度、挑戦したいのだ。自分の全力をだして。聖剣アルフレックスを頼るのではなく、自分の力を試したいのだ」
そう言うとリリアナは立ち上がった。ジオンはその姿を眩しげに見る。
そして、リリアナは言葉を続けた。
「もし……これで負けたら……私は所詮それまで。剣は諦めようと思うんだ」
「……姫様……」
ジオンが驚いてそう言う時にはリリアナは闘技場の中央に向かっていた。
すでにアレスはそこで待っていた。
「お待たせして申し訳ない。よろしく頼む」
「こちらこそ」
アレスはニコリと微笑むと刃引きされた模擬刀を握り直す。
リリアナも少し距離をおくと静かに構えた。
そして……試合が始まった。
◆
ジオンはその日初めてアレスを見た。
「まさか……あれ程とは……」
ジオンの頬に汗が伝う。
リリアナが軽くあしらわれたことは知っていた。しかし、実際に目で見るまでは僅差での勝負であろう、そう思っていた。
レドギアの人間にとって、リリアナの存在は大きい。レドギアの武の象徴なのだ。
敵軍だろうと、魔獣であろうと圧倒的な力を見せつけて蹴散らすリリアナは、まさにレドギアの旗頭であった。
それ故に、リリアナを破った相手は何か卑怯なことでもしたのだろう……それぐらいな気持ちであった。
しかし、実際に見たアレスは違った。
アレスは剣をだらりと下げ、構えらしき構えはしていない。しかし……
「見ているこちらも動けぬ……なんという圧力か……!」
ふと横を見るとガーンも青い顔をしてアレスの方を見ている。恐らく同じ思いをしているのだろう。
(まるで100万の軍勢を前にしているようだ……!)
ジオンもガーンも百戦錬磨の強者である。それが全く動くことができないのだ。
そしてリリアナもまた一歩も動くことはできなかった。その圧力を受け、それに飲まれないよう必死に耐えていた。
構えている剣が震える。呼吸が荒くなる。
(何もしないと飲まれてしまう……動かなければ)
心では思うが、身体は思うように動かない。リリアナは大きく深呼吸した後
「ハアアァァァァァァァァァ!!」
不安を、怖れをかき消すほどの声をあげ、魔力を全身に伝え始めた。
対してアレスは微動だにせず、その様子を眺めている。
リリアナは突如、爆発的な勢いでアレスに向かっていった。
強烈な斬撃がアレスを襲う。しかしアレスは冷静にそれを受け止めた。
「まだまだぁぁぁあ!!」
リリアナの斬撃は続く。
一合、二合、三合……
速さにのった斬撃は鋭く、魔力の込められた一撃は重い。しかし、その嵐のような斬撃をアレスは冷静に時には受け流し、時には受け止めていた。
「リリアナ殿、確かに貴女の剣技は重く鋭い……でもそれでは僕には勝てないよ」
そう言うとアレスはリリアナの斬撃を受けると見せかけて、その力を利用してバランスを崩させる。
「剣は剛のみにあらず。柔の剣もまた良し」
そう言うとアレスは重心が崩れたリリアナに剣を振り下ろす。
リリアナは反応しきれず受け損ね、いとも簡単に地面に叩きつけられた。
「剛柔ともに剣に必須のもの也」
そう言うとアレスはリリアナを見据えて言葉を続けた。
「リリアナ殿は力一辺倒の剣技です。確かに貴女はスピードがあり、魔力を使えばその一撃は重くなる……けど、それだけが剣技ではありません」
そう言うとアレスは手を差し伸べる。
「リリアナ殿にはまだ伸び代があります。努めればさらに強くなることでしょう」
「…………」
リリアナは惚けたように黙ってその手を取り、助け起こされたのであった。
◆
アレスはその日はウィリアムの城に一泊する事になった。これより一週間。レドギアの地を視察する予定である。
そのためウィリアムは初日のうちにアレスのために盛大な酒宴を開いた。
「こんな盛大にしなくても……」
「いや……妹の不敬の償いとして受けてくだされ」
あれからウィリアムはひたすら平身低頭、アレスに頭を下げている。
アレスは笑って
「いや、もう止めてください。決して迷惑などしていませんから」
「しかし……」
「さぁ、この話は終わりにして、今はこの時間を楽しみましょう!」
そう言うとアレスは目の前の食事に手を伸ばす。
ウィリアムもその様子を見て、苦笑しながらもワイングラスに手を伸ばすのだった。
◆
その様子を遠くから見ている者が一人。
「姫様…姫様……リリアナ様!!」
「……!? 何だ、ジオンか…」
「………見過ぎです。」
「っ!!そんなに見てた?」
「……またこの話を繰り返す気ですか?」
ジオンは溜息をつく。そして心配事であった質問を問う。
「姫様……剣は如何なさいますか?」
「ん?あぁ……あの時は辞めるなんて言ったけど、続けてみようと思うんだ。あの……アレス殿が私に伸び代があると言ってくれたから……」
そう言うとリリアナの頰がほんのり赤くなった。
ん?とジオンは思う。嫌な予感が頭をよぎる。
「ジオン……」
その場を去ろうとしたジオンだったが、リリアナから声をかけられてしまったため振り向くと…………
リリアナがジト目でこちらを見ている。
(まずい!!)
ジオンは嫌な予感が的中したことを察し、慌ててその場を立ち去ろうとした。しかし、それより早くリリアナの質問が口から発せられる。
「兄上とアレス殿と話がしたいんだけど……どうしたらあの間に入れるかな……」
最後の一言は消え入りそうな声だ。
んなこと、知るか!
ジオンは叫びたかった。幾多の戦場を駆け抜け、死線を超えてきた彼だが、事色恋沙汰の経験は皆無である。妻とも見合いにて出会っているのだ。なぜ、リリアナの様なうら若き女性が、もうおっさんの自分に相談するのか。
「………エリーならご存知なのではありませんかな?」
困ったジオンは思わず自分の娘の名前を出し……ここで自らの失敗を悟る。
(まてまて……あいつはこういう時、面白がってろくな事をしない……!)
「ひ、姫様、お待ちを……」
ジオンが慌てて振り向いた時…すでにリリアナはそこにはいなくなっていた…
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