向かう途上にて
アレスはグランツに向かう前に、今後の事を話し合うためにブルターニュ、トレブーユ、レドギアをそれぞれ訪問していった。
まずはじめに向かったのはブルターニュの中心、トランである。ここで、現在代表としてトランの、ひいてはブルターニュのために粉骨砕身で働いているグレイという男と会うためだ。
グレイは元々冒険者の男である。そこで培った経験と人脈を生かし、ブルターニュで商売を始めたという異色の経歴をもつ。順調にスタートした商いだったが、それに嫉妬した当時のブルターニュ上層部に睨まれ、様々な妨害工作を受けることとなったのであった。
アルカディア軍により、上層部がいなくなったことで真っ当に商売をすることが可能になった。そしてその活躍と顔の広さから皆の推薦を受けて、グレイが代表を務めることとなったのである。
グレイが最初の仕事として掲げたのが、「正常な市場」であった。近年ブルターニュでは前代表達による阿漕な商売や、不正などが目立っていた。
商業課税は高く、利益を上げても吸い取られる仕組みとなっていたのだ。
また商売を始めるにも、多額の資金を上納せねばならず、さらに値を釣り上げるために特定の物を販売できなくするなどの政策を行なっていた。
さらに賄賂なども横行するなど商業都市として腐敗し始めていたところであったのだ。
グレイはそれらを一気に排除するために強行的な姿勢をみせた。新たに規則を決め、罰則を厳しくし、まずは真っ当に商売ができる環境を作ろうとしたのだった。
アレスはグレイの様子を見ながら静かに説明を聞いている。長身で端整な顔立ち、銀髪を後ろでしばり颯爽と歩くグレイの容姿はまるでどこかの貴族を思わせた。
「順調な滑り出しのようです」
グレイは淡々と言葉を紡いでいく。
「とりあえず物流は流れ始めています。しかし前上層部の影響力は根深いようです。これを取り除くにはまだ数ヶ月かかるでしょう」
「やはり彼らは害にしかならなかったね」
そう言うとアレスは静かに紅茶の入ったカップに口をつける。南方シンドラ王国の高級茶葉を使った紅茶だ。これもまた、前上層部が値を釣り上げるために保管していた物らしい。上品な香りが口中を包み込んだ。
グレイは話を続ける。
「商業課税は半年の間は取らない方針にしました。また、半年後も今までの半分ほど……正常な金額に戻す予定です。賄賂を要求するもの、恐喝紛いの商いをするものは、全て牢に入れるか追放という手を打っています。取り敢えず時間をかけて正常な状態に戻すつもりです」
「人手は必要かな?」
そう言うとアレスは真剣な顔で話し始めた。
「……僕はブルターニュのこのトランの街をこの四国連合の商業の中心にしたいと考えているんだ。もし、何か必要なことがあったら遠慮せずに言ってくれ。力は惜しまないよ」
そう言ってグレイに笑いかける。
「いや……」
それに対しグレイもまた笑みを浮かべながら答えた。
「元々トラン……ひいてはブルターニュ全体の責任です。ブルターニュの人間でなんとかしたいと思います。ご安心ください。一年後にはこの街を以前よりももっと大きな街にしてみせますから」
その言葉を聞き、アレスは満足そうに笑うのであった。
◆
その後、アレスは一週間ほどかけて、ブルターニュを視察した。自分の知り得た情報はグレイに伝える。彼もまたその情報を受けてすぐさま仕事に取り掛かるのだった。
こうして細かいことはグレイに任せ、アレスはブルターニュを発つ。次にアレスが向かったのは隣国であったトレブーユ伯爵領である。
アレスはトレブーユ伯爵領、領都となったグランデワルトにてトレブーユ伯爵ルイ、そしてその腹心のシモンと面会した。
「民たちも落ち着いているみたいだね?」
「どうやらアルカディアの支配に変わっても以前と何も変わらない……と分かったからだと思います。」
ルイはそう言うとアレスに笑いかけた。
「むしろ今まで権力にしがみついていた貴族達もいなくなり、税も安くなったことから暮らしやすくなったと歓迎している……と言っても大袈裟ではありませんね」
トレブーユにおけるルイの改革の邪魔をしてきたのは間違いなく貴族たちであった。彼らが帝都に去った後、ルイは今までできなかった改革を次々と打ち出した。
先ずは農業改革。トレブーユにはまだ手付かずの地が多い。それを大規模に開墾することにしたのだった。
また、同時に税制も改革した。今までは六公四民という異常な税制であった。収めるべき税が重く、また非常に取り立てが厳しかったため、離散する民も多くいた。なぜ、これほど重い税率か?それはその大部分を貴族へ納めなければならなかったからである。
トレブーユにいた貴族たちは帝都に去った。
そのため、ルイはこれを当面の間、二公八民に改めて、民の安定を図ったのであった。
「幸いなことに、資金はまだありますゆえ……しばらく税が低くても問題はありません。ある程度の開発が終わるまでは持ちこたえられます」
「後は……貴族たちか。今はゆっくり帝都を楽しんでいるけど……おそらくそのうち資金がなくなって悲鳴をあげることになると思うよ。来年の今頃はきっと多くの貴族たちがトレブーユへの復帰を願い出るはずさ」
「………でもそれはできませんけどね」
「そう……無理な話だよね」
そう言ってアレスはルイを見る。
「彼らが戻ってくる頃は、このトレブーユも大きく変革しているだろう。最早彼らの居場所はなくなっている」
一呼吸おいてアレスは続ける。
「僕の考えている構想を進めるためにも、ルイ殿には頑張ってもらいたいんだ。必要な資金、手助けなら惜しむつもりはないよ」
そう言ってアレスは微笑むのだった。
◆
トレブーユでもアレスは一週間ほど滞在し、各地を視察した。トレブーユは貴族の影響からか、開発が遅れている。
「小国なれどここもまた伸びしろは凄い……3年後には凄いことになりそうだ……」
こうしてトレブーユを後にするのであった。
そして最後に向かうはレドギアである。
レドギアの首都フランに到着するとそこにはレドギア国王改め、レドキア侯ウィリアムをはじめ、妹であるリリアナ、宿将ジオン、ガーンなど多くの者たちが出迎えてくれた。
「こんなに盛大に出迎えをしなくても……」
少し戸惑うアレスにウィリアムは笑って答える。
「盟主殿を迎えるにあたり当然です。お気になさらないでください」
「でも……侯爵自ら来る必要は……」
「精一杯の誠意ですよ。お気になさらずに」
そんな会話をしながら、アレスとウィリアムは轡を並べてレドギアの中心都市フランの城に向かうのであった。
◆
ウィリアムはアレスにレドギアの現状を伝えていく。
トレブーユとは異なりレドギアではほとんどの貴族達は皆、アルカディア貴族になることを選ばず、ウィリアムの陪臣になることを選択した。また、民衆たちも自らの為政者がレドギア家であったため、とくに目立った動きは見られなかった。
改めてレドギア家に対する家臣と民衆の忠誠心の高さを世に知らしめることとなったのであった。
「民にも大きな混乱はない様子。今の所順調と言えるでしょう」
「やはりレドギアの結束は凄いものがあるね。改革の下地はできてると言っても大丈夫……じゃあ、来月より農業改革からスタートしていこうかな?」
………アレスとウィリアムが今後について真剣に話し合っている様子を食い入るように眺めている者が一人。
「姫様……姫様…!………リリアナ様!」
「………………っ!な、なんだ!?ジオン?」
レドギア古参の将であるジオンは、慌てている様子のリリアナを見て、小さく溜息をつくと言葉を続けた。
「なんだも何も……そんな食い入るようにアレス殿を見ていたら、不敬と思われますよ?」
「…………そんなに見てた?」
「えぇ、それは勿論」
ジオンはそんなリリアナの様子を見てまた小さく嘆息した。
ジオンは幼き頃より師としてリリアナを導き、また仕えていた経緯をもつ。ジオンにとって、娘のエリーと同い年のリリアナもまた娘のような存在だ。
そんなジオンにとって、今リリアナが見せている態度は彼が未だかつて見たことがない姿だった。
(こりゃあ妻が言った事は間違いないかもなぁ)
ジオンの妻にとってもリリアナは娘のような存在であった。そんなジオンの妻は夫にこう言った。
「リリアナ様は誰かに恋してるわね」
「リリアナ様が?まさか??」
あの剣以外に興味を示すことがない方が?
ジオンはそれを聞いて思わず吹き出した。
「……あんたには分からないでしょうけどね。あれは恋する乙女の顔よ。どこかに想う人がいるんでしょうねぇ」
リリアナはよく言っていた。自分が嫁ぐとしたら義に厚く、民を愛し、自分以上の技量をもち、多くの騎士達が剣を捧げるような古今の英雄がよいと。
(そんな人間いるわけないと思っていたんだが……現れてしまったからなぁ……)
ジオンはそっとアレスの方を見る。
あのリリアナを子どもの様にあしらった技量。騎士達の忠誠心、民達への対応、何より僅かな期間で4ヶ国を落とすほどの……戦ぶり。
(正室に……と思いたいがアルカディアの皇女と婚約中とも聞く。また他にも多くの女性達ともすでに婚約しているらしい。願わくば想いを叶えてもらいたいが、そう上手くはいかないものか………)
そうジオンが考えた時であった。
「あっ、あの!!」
リリアナが突然アレスとウィリアムの間に割って入ったのだ。
「リリアナよ……私はアレス殿と大切な話をしているのだ。いくら妹でも……」
「アレス殿にお願いがあります!!」
リリアナは最早耳を貸すつもりはないらしい。ウィリアムは溜息をつく。
(まさか……姫様、自分から想いを伝えるなんてことは……いや、このタイミングで??)
ジオンは思わず椅子から立ち上がろうとする。
「何でしょう?」
アレスは微笑みながら首をかしげる。
その表情を見てリリアナは頬を染めながら、言葉を続けた。
「あ、あのっ!!どうか私と……」
ジオンは慌てた。ここでまさかの暴走か!?
まさかリリアナがこのような場所で想いを告げようと突っ走ってしまったのか!?
そして思う。いや、あの猪突猛進娘ならありえると。
「ひ、姫様!世の中には時と場所を考えないといけないことが……」
ジオンが立ち上がった時、リリアナの口から言葉が飛び出した。
「剣を交えて貰えませんでしょうか!?」
レドギアで勇名を馳せたジオン将軍がそれを聞いた瞬間に盛大にずっこけたとかなんとか。
いつも感想をいただきありがとうございます。
以前は感想を見るのが怖い……と思っていたのですが、今は皆様の暖かいメッセージで楽しみになりました。
応援してます、楽しみにしています、果ては予想をしてくださる方……
こう言う話を読みたい、と希望を申し上げてくださる方。
しっかり読み込んでくださり、訂正をしてくださる方……
多くの方の応援で成り立ってるなぁと感じております。
この物語……今のところ描いているところまでは相当長い話になりそうですがお付き合いいただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。




