帰郷
辺境伯と征夷大将軍の就任決定から二週間後。
帝都での打ち合わせを終え、シュバルツァー領に戻ったアレスは、帰国早々今後のことを、大公エドガーを初め、北方の砦を守っている宿老ローウェン、そして主要な家臣達を集めて話し合うこととなった。
公子の辺境伯就任。これは偏にシュバルツァー領が大幅に拡大することを意味する。いずれアレスが大公になった際には領地併合になるか、弟のユリウスがそれを継ぐだろう。
グランツは「呪いの地」と呼ばれるほど、魔族が多く、異民族の侵略も激しい。またその様な土地柄のため、住民も荒いと聞く。いずれにしても、今後のためにも何も考えず放置するわけにはいかない。
大規模な開発が必要なのだ。
「辺境伯に征夷大将軍……まったく主は余計な仕事を全部背負ってきますねぇ」
とのボヤきはシオンの言である。
「異民族に囲まれて旨味のない領地の領主、実権がないのに無駄に高位のため、恨みだけ買うことになる役職……皇帝陛下も酷いものです」
シオンの言葉にアレスは苦笑せざるをえない。まさに的を得た内容だからだ。
「シオンの言う通り、正直楽な領地経営はできないと思っております。彼の地では武官が多く、内政官は育ってないと見ました。シュバルツァー領内から多くの人材と私の私軍は向こうにまわしたいと考えているのですが……」
しばらくの沈黙の後、口を開いたのは宿老ローウェンであった。
「閣下。ここは若の思う通りにさせてあげてはいかがでしょう?」
アレスの最大の理解者の一人とも言えるローウェンである。グランツを治めるにあたり、アレスが人材において苦労するだろうと悩んでいるのを、その一言から察したのであった。
「若は容易く弱音を零しませぬ。今回は相当人手が必要だとお考えのようです。若が望む人材を付けてあげても宜しいかと思います」
そして付け加える。
「現在、シュバルツァー領内は安定をしております。多少の人材が抜けても揺らぐことはありませぬ。また若き者たちも育ってきているので、ここいらで彼らに任せてもよろしいかと」
信頼厚い宿老の言葉に静まりかえる一同。
「ローウェンの言葉に一理あり。皆異存はないか?」
エドガーは静かに全員に対し念を押す。頷く面々を確認した後、アレスに言った。
「アレスは人選をどのように考えている?」
「あまり多くの者を連れて行くと、この領内に影響がでます。また爺をはじめ、要となるものを多数連れていけばそれもまたこの領内の痛手。一応熟考しここに記してみましたが…」
そう言ってアレスは人名が書かれたリストをエドガーに手渡す。見れば領内の官僚たちの5分の1ほどの人数が書いてあった。
「なるほど……若手とベテランいずれもバランスよく……うまくできている」
「また、遠隔地ゆえ、この地にしがらみのないものを選んだつもりです。この人数なら……シュバルツァー領内も揺らぐことはないかと」
その言葉に頷くとエドガーは次に軍事や政に重きをなす者たちの名を確認した。その様子を見てアレスは補足を付け足す。
「今回連れていくのはこの者たちにしたいと思っています。武官としてはシグルド。そしてアルノルト以下彼の部下を。参謀としてシオン。政務官として……この領にとっては痛手にはなりますがジョルジュの力を借りたいと思っております」
それを聞き多くの者たちが納得していた。今名前の挙がった者たちはいずれもアレスの直臣と言ってもいい者たちである。確かにシグルドらの武勇、シオンの智謀、なにより現在この地の政務を一手に引き受けているジョルジュが抜けるのは大きい。だが、彼らを御し得るのもまたアレスしかいないのである。
エドガーは彼らを見る。
「貴公らはそれで良いか?」
と。
「アレス様の行くべきところ、私は必ず付いていきます」
とはシグルドの言。
「めんどくさいけど……主だけ行かせるわけにはいきませんしねぇ。向こうの文化も見てみたいし付いていきましょうか?」
とはシオンの言。
「シュバルツァー領は今は落ち着いております。私がいなくても問題ありません。私としては、その未開発の地を、開発するほうが魅力的ですな」
とはジョルジュの言。
それぞれの思いを聞き、エドガーは少し笑った後、命令書にサインをするのであった。
◆
アレスはその後、シグルド、シオン、ジョルジュを呼び、さらに綿密な打ち合わせを進めた。
「グランツでは武官の数は多数おります。彼らの実力を見定めて、改めて軍を編成しましょう。主が向こうに着く前に……行っておきますよ」
シオンはそう告げた。
「その分内政官の不足は目に見えている。シュバルツァー領内だけでなく帝都でも人材を集めよう。特に何人かの私達の学友……彼らの中には現状を満足していない者が多い。彼らを引き抜きにかかろう」
ジョルジュもそれに続いて口を開く。
「いずれにしても、大規模な改革が必要だ。僕はこの地を全ての始まりと考えている。」
アレスがそう言うとシオンも頷く。
「主の言う通りでしょう。おそらくここ3年間でアルカディアは荒れると見ています。それまでに大国の干渉をも跳ね返す力をつけなければいけません」
シオンはそう言うと三人の顔を見る。
「少なくとも3年。それで地盤を固めましょう。そして東方地域を我らの色に染めていきたい……そう思います」
「あまり派手にやると反乱として疑われないか??」
シグルドが口を挟む。
「おそらくその頃にはアルカディアは混乱をしているに違いありません。我らは我らで独自の力をつける……それこそアルカディアをはじめとする4つの超大国と同等の力を」
シオンはそう言うと不敵に笑った。
「この地は我らにとっても始まりの地。兵は荒く、民は野蛮。そして地は魔獣や蛮族が闊歩する……他から見れば旨味もなさそうですが……裏を返せばこれほど開発の伸びしろがある場所もありますまい。兵は精強、民は一から教育でき、土地は切り開くことができる」
「噂によれば、魔境の大地と呼ばれる地は肥沃な土地だとか。また異民族も屈服させればそこから交易の道が拓けます。上手くいけば彼らもまた味方につける事ができるでしょう……いや」
シオンの言葉にジョルジュは相槌をうつ。
「貴方ならきっとできるでしょう。アレス・シュバルツァー様」
その言葉にアレスはニコリと微笑むと口を開いた。
「僕は明日、再び帝都に向かう。正式に辺境伯と征夷大将軍に任命された後、すぐに領に向かうつもりだ。まぁ、レドギアやトレブーユ、ブルターニュに立ち寄るつもりだから……僕が到着するのは三週間後ぐらいと思ってくれ。だから皆の方が先に着いていると思う。各自、臨機応変に動いていこう」
◆
アレスは再び帝都に戻る。
その後叙勲式があり、アレスは正式に辺境伯、および征夷大将軍に任ぜられた。
叙勲式を経て、アレスは正式にアレス・シュバルツァー辺境伯になり、グランツ公国もまたシュバルツァー辺境伯領になった。
帝都のシュバルツァー家もその準備に追われている。また彼の妻として婚約をしている各家々も今、てんやわんやの大忙しだそうだ。
そしてアレスはその日のうちに供を連れることなく一人馬をとばしてハインツへ向かった。
『暗闇に閉ざされた呪いの地は英雄皇という太陽を得て、ここから明るく照らされることとなる』
この日より後に史書にそう記されることとなるアレスの領地改革が始まるのであった。




