討伐 その1
「ありがとう!君たちは我々の誇りだよ!!」
多くの人の笑顔に囲まれ、多くの人に揉みくちゃにされ……新人兵士のロイクは胸が熱くなるのを覚えた。
(そう、俺はこの笑顔を守るために働いたんだ!)
民を守る事こそシュバルツァー兵士の誇り。ロイクの胸はその達成感と自信で満たされていく。
ロイクにとって今回の討伐は初の実戦となった。例え勇将で名高いアレスが今回の大将であったとはいえ……やはり初めての実戦。彼にとっては人生でも経験した事がない大変な日々であった。
ロイクは近くにいた少年から声をかけられる。
「ねぇねぇ兵士様。どんな戦いだったか教えて?」
「おぅ、俺も聞きたいなぁ。アレス様の話を教えてくれよ」
少年と、それに同調した街の人々の言葉を聞き、ロイクは先日までの戦いを思い出す。
そして、自分達の主人の人知を超えた力も。
語るべきだろう。あの戦いのことを。
我らの主、アレス・シュバルツァーと、その一の家来と言われるシグルド・ドラゴニアの様子を。
(それにしても……あれは……凄かったなぁ……)
そう思うと、ロイクは思わず視線を屋敷の方に向けるのだった。
◆
アレスが賊の討伐に向かったのは一週間前。
今回の討伐では800の兵を編成、そしてそのほとんどが新兵である。
シュバルツァー領内は非常に治安が良く、賊の数も少ない。しかし、今回はその行き場を失った賊が集合して膨れ上がり、大規模に暴れだしたのだった。賊の規模は1000あまり。シュバルツァー領内では珍しいほどの大規模な反乱であった。
「何がなんでも殲滅しなければいけない。それができた後は、しばらくの間賊は現れないだろう」
そう言って今回大将であるアレスが示した策は、奇襲攻撃、および大規模な殲滅戦である。
「今後の見せしめのためにも、徹底的に殲滅する。その旨を皆に伝えるように」
そしてアレスの今回の目的は賊の殲滅だけでなく……新兵の実戦経験も含まれていた。
久しぶりの大規模な戦ともあり、当初はベテラン兵で構成する予定であった。しかし、アレスの
「これからのシュバルツァーを支える兵に経験を積ませなければいけない」
という一言により予定は変更。100のベテラン兵に対し700の新兵というアンバランスな組み合わせで討伐に行くことになったのだった。
◆
「アレス様。どうやら新兵達は食事を摂れそうにありません」
100人長の言葉にアレスは小さく頷いた。
「まぁしょうがないよね。彼らは賊とは言え、はじめて人の命を奪ったのだから。誰しも初めはそんなもんさ」
そう言って優しく微笑んだ。
「でも、これは必要な事です。大規模な戦になれば、命を落とすか落とさないかは経験がものをいいます。シュバルツァー領内は安定しているので、北の砦の兵を除くと実戦経験が少なくなりがちです」
アレスの言葉に相槌を打つのはシグルドだ。
シグルドはそう言うと、先の賊討伐のことを振り返る。
アレスの読み通り奇襲攻撃を受けた賊軍は大混乱に陥ることとなる。その後、800の兵はアレスの命で突撃を行った。
アレスは自ら先陣を切り、次々の賊兵の命を刈り取っていく。それに続くシグルドもまた、縦横無尽に駆け回り、多くの賊兵がその槍に命を散らしていった。
さらにその後ろから続くベテラン兵達。彼らもまた見事な連携で次々と賊兵を討ち取っていった。
新兵達もまたその姿に刺激を受け、大声をあげながら必死に槍や剣を振るう。訓練とは異なる初めての実戦。高度な戦闘訓練を積んできた兵達と言えど、足が止まり怯えるものも現れる
「挫けるな!若者よ!!迷いが生まれた時……我らが守るべき人々の事を思い出せ!!」
涙を流しながら、震える数名の新兵達にベテラン兵が荒々しく声をかける。しかし新兵達の足は止まったままだ。
そんな新兵に今度は別のベテラン兵が声をかける。
「それでも挫けるようなら……先頭を走る我らの主人の背中を見よ!!」
新兵はそう言われて、前を走るアレスの背中に目を移す。
まだ少年の面影を残すその背中。しかし、剣を振り、雄々しく敵兵の中に突撃する姿は……なんと大きく写ることか……
そんな時不意にアレスが後ろを振り向き、そして叫んだ。
「シュバルツァー家の兵達よ!日々の血のにじむ努力は何のためにある?それは民の平和を守るためぞ!」
そう言うとアレスは剣を振るう。それに合わせて賊兵の首が宙を舞う。
そしてアレスはまた新兵の方に顔を向けた。
「シュバルツァーの兵達よ!私の英雄達よ!!心に火をつけよ!そして…我らの故郷を守るために、私に力を貸してくれ!」
そう言うと、アレスは再び前を向き、そして剣先を前に向ける。
「全軍突撃!!シュバルツァー兵の強さを見せつけよ!!」
その声に挫けていた兵達が一人、また一人と立ち上がる。その目には光が、胸には炎が燃え広がって。
「全軍……我に続けぇぇ!」
「「「「「「おおおおぉぉぉぉおおお!」」」」」
新兵達が大声で雄叫びをあげる。その声に慄き、怯む賊兵達。
シュバルツァー兵達の勝利が、誰が見ても確実なものに変わった瞬間だった。
◆
討伐が終わり、アレスは次々と指示を出す。
賊兵達の供養をし、砦を燃やした後、行き同様、迅速に魔の森に突入する。そしてこの日は魔の森の中心部にて野営を行う事となった。
シグルドは、ふと我にかえるとアレスに問いかける。
「して、アレス様。明日の行程はいかがなさいますか?」
それに耳を傾ける数名のもの達。この場にいるのはアレス、シグルドをはじめ、百人長が集まっている。
「日が登ったらこのまま進み、明日のうちに魔の森を抜けてとっとと帰ろうと思う。まぁ、ここで育ったシグルドがいれば道に迷うことも魔獣に襲われることもないしね」
そう言うとアレスは小さく笑った。
「多くの兵達がおそらく食事を取れていないだろう?今日はせめて睡眠だけでもしっかり取らせてあげようよ」
新兵達はこの討伐で初めて人の命を奪う事を行なった。兵士として必要不可欠であり、当人達も覚悟をしていたはず……しかし、その衝撃は計り知れなく、彼らはいずれも食事が喉を通らなくなっていた。
「誰しも初めての時はあのようになります。今晩は特に何もありますまい。ゆっくり休ませてあげましょう」
ベテランの百人長の言葉にその場にいたもの達は微笑み、そして頷いた。
そう、この時は誰しも思っていたのだ。何事もなく無事に領都ロマリアへ帰ることができると……
しかし事件は起きる。
「て、敵襲!!ド、ドラゴンが……!!」
仄々とした雰囲気を破ったのは一人の兵士の報告だった。
しかし、その場にいた百人長をはじめ、アレスやシグルドもまた首を傾げる。
「ドラゴン?ここに??」
「馬鹿な……ここは古代龍の住処だぞ…?他の龍種が現れるわけ……」
龍種は魔獣の中でも最高位のものだ。
火龍や翼龍、地龍といった多くの種族がおり、いずれも制圧するには一個師団が必要と言われていた。
特にその中でも最も強く、人以上の知能をもつとされる古代龍は、『神獣』の部類にはいるほどだ。
本来魔の森はその古代龍の住処があり、その他の龍種は棲みつくことはない。
しかし、
『『ギャアアアアァァァァア!』』
遠くから聞こえる紛れも無い龍の咆哮。その声を聞き、アレス、シグルドを始め、100人長達もすぐさま、皆得物を持って駆け出す。
あきらかに龍種の声。しかも1匹ではなく複数の。
最悪の場合が脳裏をよぎる。
龍の咆哮が響く、その場所に駆けつけると……すでにベテラン兵士が得物を構えて新兵達を守りながら2匹の竜種を囲んでいた。数名怪我をしているようだが、命を落としたものはいない。新兵達も疲れた身体に鞭打ちながらも懸命に得物を構える。
「地龍?」
「馬鹿な。あの龍種は大人しい生き物のはずだが?」
地龍は龍種の中でも大人しい存在として知られている。しかし、非常に巨大であり、暴れだすと街一つを易々と破壊すると言われていた。翼は退化しているが、その分進化した巨大な手足の鉤爪でありとあらゆるものを引き裂いていく。またその鱗は非常に硬く、並の剣では傷つけることも不可能である。
百人長の言葉に耳を傾けながらアレスは注意深くその姿を観察する。
「アレス様、私なら奴を説得できるかもしれません。私に行かせて……」
「いや、無理だ」
シグルドの言葉をアレスは遮った。
「古代龍に育てられたシグルドでもきっと襲いかかってくるだろう。たとえ、龍種の頂点である古代龍がいても無理だと思う」
そう言いながらアレスは突然剣を振るった。と同時に右方向から飛び出した魔獣がいる。
「サーベルライガーだと?」
「なぜここに魔獣が……?」
「いや、よく周りを見ろ!!」
ベテランの兵士達が口々に叫び出す。
シグルドも周りを見渡すと、
「なっ……」
思わず絶句した。
そう、ドラゴンに夢中になっている間に、いつの間にか魔獣の群れに囲まれていたのだった。
その様子を眺めた後、アレスは溜息をつき、地龍の肩の部分を指差した。
「あの部分を見てごらん。あれは……闇の力に侵された証拠さ」
見れば2匹の地龍の肩口に何かが埋まっており、そこから体色が変色しているのが見て取れた。
「あの箇所から瘴気も漂っている。あれは……おそらく『魔王の遺物』の気配だよ」
そう言うと、アレスは全体に指示を出し始めた。
「百人長に伝達。陣形を組み魔獣を迎撃すること。決して一人で1匹に当たるのではなく、訓練同様三位一体で攻撃をすること。魔獣は皆、『魔王の遺物』に惹かれている。数はこれからもどんどん増えてくるはずだ。油断は絶対にするな」
「承知!ではアレス様は……」
「僕とシグルドであの二体のドラゴンの相手をする。いずれも手出し無用」
そう言うとアレスはドラゴンの方に視線を向ける。
「あともう一つ……一刻の間、耐えよ。僕達があの二体のドラゴンを倒せばそれで終わる。死ぬ事は許さん。それだけ耐えたら……我らの勝ちだ」
そう兵達に言うとアレスは首からかけている剣の柄の様な円柱状のクリスタルがついた首飾りを外した。
それを右手で握りしめ、クリスタルの先を左の掌底にあてる。
「我が命に答えよ。其は神の剣。悪を倒し、闇を切り裂くもの」
そして右手を引き伸ばすのと同時に棒状の先から青白く輝く刀身が現れた。
「神剣オルディオス!!」
アレスはその剣を握りしめると、隣に並ぶ最も信頼する配下に声をかけた。
「シグルドは左にいるドラゴンを。僕は右にいるドラゴンをやる。いいかい?」
「御意」
2匹の地龍はギロリとアレスとシグルドの方に目を向ける。
それを確認して二人は微笑みあうと地面を蹴り、お互いの相対する相手の方へ向かうのだった。