戦を終えて
ハインツ城内、公王の間にて。
玉座に座るセフィロスの階下には左右にアルカディア諸侯たち、そして中央にはアレスとグランツ公王ゲイルが跪き、その勅命を聞いていた。
◆
アルカディア正規軍はレドギアまで退却し、軍の編成をし直していた。
シルビアはセフィロスに急ぎ援軍を、と進言しているそうだが、アルカディア軍の進みは遅い。当たり前だ。あれだけの数の魔獣を見てしまったのだから。
各貴族達は、ここでもまた自分に被害が及ばないよう足を引っ張り合う。
そんなアルカディア軍の元に急使が訪れたのは五日前。聞けば、アレスがあの魔獣の群れを撃退し、グランツ公国を屈服させたとの事であり、その内容に各諸侯たちは驚愕する。
嘘か真か?はたまた敵の罠か?訝しがるアルカディア軍が万全の準備をした後グランツ公国に向かうと……
そこにはアルカディア帝国の旗が翻り、門が開いているハインツの城下町が見えた。
そしてその城門にセフィロスを出迎えに現れたアレスの姿があった。
「シュバルツァー公子、大儀である」
セフィロスは喜び、自ら馬から降りてアレスの手を取る。
この様な行動を取るセフィロスを見るのは初めての者も多く、貴族達は驚く。そしていかにアレスがセフィロスの心を掴んでいるのかぎ明確に見て取れた。
ハインツの街の中に入れば、そこは静寂に包まれている。当然だ、今みでの怨敵が街の大通りを闊歩しているのだから。
しかし……敵意を感じることはない。
セフィロス以下、多くの貴族、将校達は……狐につままれた感じを受けながらもハインツの城へ足を向けるのであった。
◆
セフィロスが入城した事で、グランツ公国に対する勅命が発表された。
グランツ公王ゲイルの降伏を受け入れること。
グランツ公王ゲイルは隠居し、事実上グランツ公国はなくなるということ。
グランツ公王ゲイル以下、グランツ公国の将校は以後アルカディアにて任命されるであろう領主の指示に従うこと。
それをセフィロスの横にいる侍中がセフィロスに代わって読み上げる。
グランツ王族の命が助かったのは付き従った諸侯達にとっても衝撃の事実ではあった。
本来セフィロスは逆らった者に対しては容赦のない決定を下す。
それ故に今回の戦においての決定は異例中の異例といえるだろう。
だが、それでもレドギアやトレブーユとは異なり爵位を与えることはなく、事実上グランツ公国は滅亡という形を取っているあたりで、他とは差を設けていた。
そして諸侯が気になっていること。
治めるに難しいこのグランツ公国の広大な領土を誰が治めるのか、また一癖二癖もあるグランツ兵たちの指揮権は誰がもつのか。それはその場では話されることはなかった。
また多くの諸侯たちはグランツの将兵に手ひどい思いをされているので厳罰を望むものも多かった。しかし……自らは何もできなかったので、誰も口に出さない。いや、正確には出せなかったのであった。
多くの諸侯の視線は一人の男に注がれている。
アレス・シュバルツァー
小さく笑みをたたえながら跪くその姿に、諸侯は注目していた。
今回の戦は皇帝親征という名目で30万の兵を動かしたのだが、ふたを開ければほぼアレス・シュバルツァーの私兵のみで戦をしたと言ってもおかしくない状況である。
ブルターニュ、トレブーユを迅速に落とし、砦で正規兵がまごまごしている間にレドギアもまた寡兵で降した。そしてさらにグランツに襲い掛かった魔獣を平定し、その上、グランツ公を降伏させたのも彼である。
確かにヴォルフガルドやトルキアといった超大国ではない。しかし小国といえど4カ国。しかもそのうちの一つはここ100年間、戦で負け続けていた精強なグランツ公国である。それを僅かな期間で落としていったのも事実。
そしてこれにより、東方制圧への足がかりを作ることができたのもまた大きい。
今回の戦はアルカディアの戦ではなく、アレスの戦であったと言っても過言ではないであろう。
「今回の戦においてアレス・シュバルツァーの功績は多大なものがある。一度帝都に戻りその際に沙汰を降す」
「臣アレス、承りました」
そう言ってアレスは深々と礼をする。
「皆の者、大儀であった。これより一度帝都に戻り休息を取ろうと思う。また西のトラキアの動きも怪しい。そちらにも目を向けなければならぬ故、急ぎ戻る支度をせよ」
「「「「ははっ」」」」
諸侯たち全員が頭を下げ、その場はお開きとなった。
◆
サイオンは、その間ずっと唇を噛みしめていた。
何を間違えたのだろうか??
自分と参謀のガーラの計略は完璧であった。
アレスとダリウスを争わせ、その間セインツの街にガーラに渡された『魔王ガルガインの遺物』を仕込んでおく。すると狂った魔獣たちがその地に向けて動き出す。
アルカディア軍30万を動かそうにも、自分が仕掛けた罠で鉄砲水をだしたデパイ川を渡ることはできず、全軍退却をすることになる。
セインツもろともアレスは魔獣に飲み込まれ、自らの最大の政敵を闇に葬ることができる……
ハインツなど興味はない。あるのは……己の立場をより良くすることだ。
サイオンが望んでいること。それは後自分の伴侶となるアンネローゼを皇帝にし、自らは『摂政』として最高の権力を握ること。ゆくゆくはアルカディアを乗っ取りローゼンハイム王朝を作ることだ。
それを実現する上でアレス・シュバルツァーは邪魔の何者でもないのだ。
当初は順調だった。着実にアレスはサイオンの罠にはまりつつあった。しかし予想に反し、アレスはそのサイオンの罠を食い破ってしまった。
「まだいくらでもチャンスはあるはずだ…まずは奴を帝都から引き離すこと、その間帝都において奴の居場所を無くしてやる………」
そう呟くサイオンであった。
◆
その日の夕方。
アレスはシグルドとダリウスを連れて魔境の大地が見える丘に立っていた。
夕日に照らされて西に広がる『魔境の大地』が光が差し込む。しかし、そのため鬱蒼と広がる森、瘴気が立ち込める大地の様子が遠目でも確認できた。
「狂っていないとはいえ、この『魔境の大地』はグランツにとって脅威でしかないね。魔獣さえなんとかできればこの豊かな土地を開発できるんだけどね…」
「それができれば苦労はしないな。魔獣の数も多いがなにより妖魔貴族が連帯しているのがたちが悪い。また、ここに力を入れると北から蛮族が、東からアーリア人が攻め込んでくる……難しい問題だ」
ダリウスは苦虫をかみつぶした顔になる。
「だけど……誰かがやらないといけないな」
そう言うとアレスはシグルドとダリウスの方を見た。
「おそらく、この地を治めることとなるのは僕になるだろう。僕以外の誰もここの将兵は従わないだろうし、これだけ周りに危険な場所がある地。多くの諸侯はこの地を引き受けないだろうし、引き受けても…無理だろうね。そうなるとやはり僕が適任だ。それは誰の目にも明らかだろう」
そして一呼吸おき、ダリウスの方に目線を向けてアレスは言葉を続けた。
「僕はこの地を、僕の夢の第一歩としていこうと思う。……やることはたくさんあるけど……どうか力を貸してもらえないだろうか?君の力が必要だ」
ダリウスは小さく微笑むと腰に佩いている剣を抜き、アレスに向けて剣を捧げた。
「俺は戦うことしかできない男だ。そんな俺で構わないなら、命尽きるその時まで主の為に戦おう」
◆
この翌日、アルカディア軍は帝都に向けて戻ることとなった。
セフィロスから新しい領主が決まるまでは暫定的にゲイル・ダリウス親子がこの地を治めることとなった。これもまた異例の出来事である。
「主よ、貴公が来るまで、親父と俺でなんとかしよう。だから早く戻ってこい」
「まったく偉そうな家臣もいたもんだ…」
シグルドが顔をゆがめるとアレスは愉快そうに笑った。
「ダリウスが急に丁寧になる方が気持ち悪いよ、きっと。新しい領主が決まるまで恐らく早くてもひと月はかかると思う。それまではしっかり頑張ってね」
そういうとアレスは馬を進めた。
その後ろ姿を眺めながら満足そうに笑って見送るダリウスであった。
◆
「天武将」ダリウス・グランツ公
アレスの右腕「六天将」の中でも最強とうたわれる将軍である。
彼に関しては、逸話が多く、話題に事欠かない。
ただ一騎で数十万もの兵の中を縦横無尽に駆け回ったこと
上級妖魔貴族としられる八魔貴族たちとの死闘
簒奪王ザッカードとの一騎打ち
豪快で、情に厚く、そして誰にも負けない武勇を誇る……後年英雄皇の物語の中でも最大の人気を誇っている武将であり、彼を武神として慕い敬う民が多いという。
二章はこれにて終わります。
明日は人物紹介と後書きに今後のことを書かせていただきます。




