ハインツの奇跡 舞台裏で
億を超える魔獣の襲撃におびえる城内。働けるものは皆城壁側に向かい、子どもや老人たちは皆、各地区のホールなどに集まり、神に祈りをささげている。
ハインツ城内の中央部。
本来ならば最もにぎわうと場所であったが、現在は人っ子一人見ることなく静まり返っている。
ゼッカはそんなハインツの中央部を疾風のごとく走り回った。
ゼッカに課せられたアレスの指示
「魔王ガルガインの遺物を破壊、もしくはそれを持つ者の命を奪う」
それを果たすために、数名の部下とともに駆け回ったのである。
ゼッカの手にはアレスから渡された羅針儀がある。その飾りが示す方向に彼らの探しているものがあった。
探索は中々困難であった。地理的にも分からず、人に尋ね様にも誰もいない……
だが、黙々と仕事をこなしていく。彼らは知っているのだ。時間との勝負であることを。
そしてゼッカたちは……ある一つの家屋を発見したのだった。
◆
「頭、どうやらこの家屋に反応があるようです」
「の、ようだな……」
ゼッカは部下の声に相槌を打ちながら、遠目からその建物の様子を眺める。
いくら方向を示すものがあるとはいえ、短時間で広いハインツ城内において、一つの家屋を見つけるのは龍の目として活躍するゼッカといえども並大抵のことではなかった。
ちらりと空を眺めれば太陽は傾き始めている。昨日の晩より探し始めてから丸一日近くを要し、なんとか探し当てることができたのだ。
「どうやらここで間違いはなさそうだ…何事もなければよいが…」
そう言ってゼッカは周りの者たちに指で指示を出す。その合図に合わせて二人の部下が家屋の入り口に素早く近づいた。
その時だった!
爆音とともに、入り口から異形の人間が飛び出してくる。
「!!気づかれたか!?」
後ろに飛び去ろうとするものの、その行動より早く異形の者は口より衝撃波を放つ。その直撃を受け、ゼッカの部下たちは隣家の壁まで吹き飛ばされた。そしてそのまま崩れ落ちる。
ゼッカはその異形の者の姿を見る。
顔は黒い雄山羊の姿をし、体は厚い筋肉に覆われている。手には大きな鉞をもち黄金の目でこちらを見つめていた。
「『軍神』の手の者か……ぬ?」
雄山羊はゼッカの腕に巻かれた「目」のついた布に目を止める。
「主ら……『龍の目』よな?」
そう言って雄山羊は鉞を地面にたたきつける。それと同時に音を立てて地面に亀裂が入る。
ゼッカは質問に答えず雄山羊に問いかけた。
「どうしてここにいたことが分かった?」
「あれだけ魔力を垂れ流して行動していれば分かるわ。まだまだ未熟よ。」
そういうと雄山羊や鉞を構えなおした。
「さて……『軍神』の犬と分かれば死んでもらおう。『魔王の遺物』のおかげで今は気も高ぶっておるんでな!!」
そういうと猛烈な勢いで雄山羊は飛びかかってきた。
◆
「グッ!!」
ゼッカは一定の距離をあけながら、その勢いをいなしていく。
その様子を見て、ゼッカの部下たちも飛びかからんとしていたが、そんな彼らに向けてゼッカは怒鳴った。
「ギンガ!レツガ!お前たちはソウガとコウガを助けよ。お前たちでは相手にならぬ。急ぎ二人を連れてアレス様の元に行け。此奴は我一人で片づける」
そういうとゼッカは腰は佩していた二刀を抜いた。
「本気でやらしてもらおう。悪く思うな」
そういうと、ゼッカは体中の魔力を解放する。ゼッカの体を赤い魔力が包む。
「頭……しかし…」
「我の命を聞け!!お前たちがアレス様の元に着くころすべてが終わっている」
「………はっ。ご武運を」
そういうとギンガ、レツガと呼ばれた二人は、残り二人を担ぎその場を去っていく
雄山羊はその様子を見ながら獰猛な笑みを浮かべた。
「ほう、驚いた。部下を帰すとはな。しかしこれほどの力を隠し持っていたというのも驚きだ。では儂も本気でいかしてもらおうか」
そういうと雄山羊の体もまた黒い魔力で包まれる。
「貴様…その力は………」
「そう、『魔王の遺物』の力よ。これは魔族を狂わすだけでなく、取り込んだものに圧倒的な力を与えるものだ」
そして付け加える。
「そう、あの古の魔王、ガルガインの様にな」
「となると…その姿も」
「そう………これこそ魔王の力の影響よ。さぁ、この力どれほどのものか…試してみようかぁ!!」
そういうと雄山羊は先程とは別人のようなスピードでゼッカに襲い掛かった。
振り下ろされる鉞。
「カァッ!」
ゼッカは辛うじて二刀を使ってその一撃を受け止める。しかし、徐々に力で押され受け身の体勢になっていく。
「ハッ!!」
ゼッカは再び距離を取ると、雄山羊の周囲を駆け回った。そのスピードから徐々に残像が現れ雄山羊を翻弄する。
「小うるさい蠅め……速さで儂の目を欺こうとするか…だが」
そういうと雄山羊は鉞を横に向け円を描くように薙いだ。
「ガッ!!」
その衝撃でゼッカは吹き飛ばされ家屋に激突した。その勢いで壁が壊れる重苦しい音があたりに響く。
「軽い…軽いのう……『軍神』の犬。お主にはここで消えてもらおう。そして『軍神』はここで魔獣に飲まれ、再び『悠久の回廊』に戻ってもらう。彼奴の作ったアルカディアは乱れ、世は乱世になる。儂らの望んだ世界が近くなるのだ」
「………………お前たちはいったい何が望みだ。」
ゼッカの問いに雄山羊はニヤリと笑った。
「冥土の土産に教えてやろう。我らは『宵闇の蛇』、かつて主らの主『軍神』に滅ぼされた者たちよ」
さらに言葉を続ける
「我らの望みは世界の混沌。人も亜人も魔族もすべてが殺し合う世の中よ。それを我らが主である『混沌の主』様も望む」
「混沌の主……?」
「さて、戯言はこれまでだ。死んでもらおう。今の儂は魔王の力が溢れて暴走を抑えられぬわ」
雄山羊が笑って鉞を振りかぶる
その瞬間だった。
雄山羊の腕が鉞ごと消えた。いや………
ちぎれた
「ガァァァァァァァァァ!!!!!」
突然のことに何もできず苦しむ雄山羊。そして金の目をゼッカの方に向けた時、
「貴様……その腕はなんだ?」
ゼッカの右腕は巨大でまがまがしい深緑色のものに変化していた。その手には鉞を握ったままの雄山羊の腕がある。
「本当は隠していたいんだがな………」
そう言ってゼッカがゆっくりと立ち上がる。
「貴様は………一体……」
「もっとしゃべってくれれば嬉しかったんだがな。どうやらここまでか」
そう呟くと左手もまた同じように変化をしていく。続いて体、両足…そして顔も。
頭からは鈍色の角を出し、肌は深緑、鍛え抜かれた筋肉に覆われた鱗。
そして…尻尾。
その姿を見て雄山羊は動揺した。
「まさか………主は龍人族か!?なぜ、「神に近き種族」と言われる龍人が人族の手助けを…」
「我ら龍人族の主はいつの世もあのお方よ。それが古からの契約でな」
そういうとゼッカは牙を見せて笑う。
「我らは龍人ゆえに大っぴらに人族同士の争いには手を出さぬ。というより出せぬ。されど陰で支えることはできる。あの方の目となってな。だから『龍の目』よ」
「しかし、お前たちはこうやって人の命も奪うではないか…」
「聞こえなかったか?大っぴらに手を出さぬだけで、全く出さぬとは言っていない」
そう言って雄山羊の腕を投げ捨てると静かにゼッカは近づいていった。右手からは魔力の塊が見える。雄山羊は地面を這いずりながら後ろに下がろうとする。
最早、立場は逆転していた。
「貴様は確かに強かった…おそらく儂の部下ではたとえ龍人の力を解放しても勝つことは敵うまい。だが……これでも儂は龍人族筆頭でな」
ゼッカの右腕から巨大な火炎が姿を現す。
「貴様では力不足よ。我と対等に争うなら……上級妖魔貴族か…古代龍、もしくは我の主たちほどの武勇をもつものを連れてこい」
「くそおおおおおおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
「龍族秘術『絶歌』!!」
その瞬間、雄山羊の体は炎の渦に包まれた。そして炎の渦はしばらく燃え盛った後、徐々に姿を消していく。後には黒い小さな塊だけが残される。
「魔王の遺物……ガルガインをも飲み込んだ凶悪な魔道具。この時代にも影響を及ぼすか。やっかいなものだ」
そういうとゼッカは静かにアレスから預かった短剣をその塊に刺す。その瞬間黒い塊は跡形もなくばらばらに崩れ去った。
「だが……残念ながら世に再び『あの方』………アレス様が現れたのだ。混沌の主とかいう者の思惑も…ここまでよ」
ゼッカはそういうと城壁の方へ顔を向ける。
歓喜の声が少しずつ上がる中、静かに微笑むその顔は穏やかなものであった。
◆
龍人族
教会の文献では「最も神に近き種族」と言われている。
古代龍とは別の進化を遂げており、人と同じ姿をし、高い知能と魔力を誇る。また「刀」を使ったり、特有の「術式」を使ったりするのも彼ら独自の文化であると言える。
力を解放すると体が龍と化し、その力は古代龍と同等であると言われる。
基本、他種族との交わりは避けており、歴史の表舞台には登場することはなく、その姿を見ることはめったにない。誇り高く孤高の存在であると言われている。




