ハインツの奇跡 その2
「おおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
ダリウスが雄叫びをあげながら突撃を繰り返す。グランツ兵もその後に続く。
幾度繰り返しても減る気配のない魔獣たち。しかし、誰もくじける者はいない。諦める者はいない。
諦めかけた時、兵たちは己の指揮官を見る。
圧倒的な武
豪快な笑顔
何度突撃しても変わることないその姿にグランツ兵たちの心は震え、励まされるのである。
そういう意味でダリウスは将として最も大切なものをもっているのであろう。
人はそれを統率力…カリスマと呼ぶ。
◆
ダリウスが再び突撃を仕掛けようとした時…………彼の目の前に今まで見たこともないような巨大な人型の魔物が現れた。
見上げると身長は5メートルほど。肌の色は青く、髪は茶褐色のざんばら髪…特徴的な一つ目を見ると焦点が合っていない。
思わずダリウスは眉間にしわを寄せて口を開いた。
「ほぅ……我がグランツには巨人族もいたのか?」
「巨人族は本来争いを好みませんから…あの大将の言ってた『なんとかの遺物』とかで狂って現れたんじゃないですかね?」
荒い息をしながら副官のディルクは相槌を打つ。
「面白い……本来中々相見えることのない相手だ。力比べをしてみようかぁ!!」
そういうと己の持っていた大剣をディルクに預け、ダリウスは騎乗していた雄牛から降りた。
虚ろな目をしてフラついている様子だった巨人だが、近づいてくるダリウスに目を止めるとその一つ目の眼をぎょろりと向け
「がああああぁああぁあああああああああああ!」
雄叫びをあげて襲い掛かった。
それに対して己は丸腰で挑むダリウス。
「オラぁ!!」
襲い来る拳に対してダリウスもまた拳を放った。
ボキリ
骨が砕ける音がする。見ると巨人が右拳を左で撫でつけながら苦悶の表情を浮かべていた。
「なんだ、こんなもんか………」
その様子を見てダリウスは少し残念そうな表情を浮かべると巨人の方に目を向けた。
巨人はそれに合わせてびくりと震える。
「お前は本来穏やかな性質だと聞くからな………殺さないでおいてやる。だが……悪いが眠ってもらおう」
そういうとダリウスは脱兎のごとく巨人に向かって駆けだした。
「ウガっ???」
左腕をがむしゃらに振り回す巨人の腕を掻い潜りながら、ダリウスは懐まで入り込むと鳩尾に拳を放つ。
「ッガハっ……」
思わずしゃがみ込み、首を垂らす巨人。その下がった頭に今度は蹴りを叩き込んだ。
盛大な音を上げて倒れこむ巨人。
ダリウスは何事もなかったように再び雄牛に跨ると
「さて……もう一度魔獣の群れに突撃するか…」
と笑う。
「いやもう、旦那は人なのか魔獣なのか分からなくなりますねぇ」
嬉々とした顔で再び魔獣の群れに突撃するダリウスの背中を見ながら、ディルクは嘆息をするのであった。
◆
対して西門を出て南側。シグルドもまた黒軍を率いながら、縦横無尽に暴れていた。
最早数えるのも億劫になるほど、突撃を繰り返しているが、こちらも誰一人脱落していない。
アレス・シュバルツァー直属の兵。
『破軍』にとって、このことは彼らの何よりの誇りであった。このような状況で乱れるわけにはいかないのである。
シグルドは静かに前方を確認した。今度の相手はゴブリンの群れらしい。目を凝らすとゴブリンの群れの奥に、普段はなかなか現れることのない「ゴブリンキング」を発見する。見れば、マスターやジェネラルと言った、他のゴブリンの上位種も率いている。
シグルドはそれを見て静かに指示を出した。その合図を見て黒軍は素早く移動を始め陣を形成する。
「さて………また始めようか。敵はゴブリンの群れ。黒軍の誇りにかけて完膚なきまでに蹴散らせ!!」
シグルドの合図で車懸りの陣が動き出す。
「グギャ!」
「ギャハッ!!」
黒い津波に飲まれるようにゴブリンたちがその命を散らしていく。
「相手はゴブリンだ。逃がしても碌なことはしない。大掃除だと思って徹底的にやれ!」
そう言いながらシグルドはゴブリンキングの動きをしっかりと見ていた。
そして動揺しているゴブリンキングめがけて馬を進める。
愛馬ブラドは恐るべきスピードでゴブリンキングの元へ駆けつけた。
「くたばれぇぇぇぇぇええええええ!」
シグルドは自らの槍に魔力を込めるとゴブリンキングに向けて素早く突き出した。シグルドの槍はゴブリンキングの盾を貫き、そして勢い余って鎧をも貫く。
「ガッッハッアッ!!」
一撃で絶命するゴブリンキング。乱れるゴブリン達。それを見ながらシグルドは何事もなかったように、再び黒軍の元に戻るのであった。
◆
西門中央を守っているアレスは両翼のダリウスとシグルドを確認する。
「あの二人はまだ戦えそうだな。問題は…」
そう言ってアレスは後ろを振り向く。視界には城壁にへばりつく魔獣達が見えた。
ダリウスやシグルドが多数数を減らしているとはいえ、やはり多くの魔物がそれをかい潜り城壁へ殺到する。
当初はゲイルの指揮と各将校達の奮戦で磐石に思えていた様子だったが、少しずつ状況が変わってきた。
城壁の上からは雨あられの如く矢を射かけ、また巨石を落として応戦するものの終わりのない戦いに少しずつ兵たちに疲れが見えてきたのが分かる。
「そして、厄介なのは先ほど現れたあいつか……」
そう言ってアレスの視線の先には魔獣たちの群れの中に一人いる妙齢の美女………いや
「痴女?」
桃色の髪を乱し、豊満な躰に露出の高い服を纏ったその女性に目を向ける。
「あいつからは高い魔力を感じる…もしかして上位の妖魔貴族か?」
妖魔貴族には八魔貴族とよばれる上位貴族と、それ以下の下位貴族に別れる。上位貴族は高い魔力を誇り、多くの下位貴族や魔人、魔獣達を従えていた。
とにかく先ほどから彼女が時折とばす魔法で、城壁に深い亀裂が入ったのが見える。城壁を破られればその箇所から魔物がなだれ込んできてしまう。
「とりあえず…なんとかするしかないか。今なら正気を失ってる訳だし、すぐ終わる……かな?」
そう言うとアレスはセインに跨った。
「主よ、あの魔族のもとまで連れて行けばよいか?」
「あぁ、頼むよ」
「奴はサキュバスだ。『魅惑の術式』にかかるでないぞ」
そう言って一つ嘶くとセインは稲妻を起こしながら凄まじいスピードで魔獣の群れの中に飛び込んだ。
セインに触れる魔獣達がその稲妻にあたり黒焦げになってゆく。
妖魔貴族の姿が見えるとアレスは馬上で立ち上がり、その方向に向けて飛びかかっていった。
虚ろな目を向けてアレスの方に視線を向ける妖魔貴族に対し
「遅いよ!」
そう言うとアレスは剣を抜き放ち、その柄で妖魔貴族の首筋を叩いた。
崩れ落ちる妖魔貴族。
「下手に斬って身体中の魔力が暴走しても困るしね…全てが終わるまで眠ってもらうよ」
そう言って受け止めると、そっとその妖魔貴族を寝かせるのであった。
「正気でないとは言え、上級妖魔貴族を手玉にとるか…主は相変わらず規格外よ。そして……女に甘い男よのう」
「………ほっとけ」
クツクツ笑うセインを無視してアレスは再び城壁の方を見る。
城壁には先ほどの以上の魔物が取り付いているのが見える。
「そろそろさすがにまずいな…もって後一刻ほどか…」
◆
ゲイルは左右を支えられながら城壁に上がる。その人生、長きにわたり戦に明け暮れたゲイルにとって、たとえ身体が動かなくなろうと戦場の空気を吸えば身も心も研ぎ澄まされていく。
「やはり戦さ場は良い。例え相手が魔獣であろうとも」
そう言ってゲイルは城壁から外を見渡す。
西門ではアレス、シグルド、ダリウスが魔獣も群れを次々と蹴散らしていくのが見える。精鋭揃いの中でも、三人の武勇は圧倒的であることが上からでもはっきりと分かった。
「ダリウスと同等の武をもつものがさらに二人…これもまた宿命か…」
そう呟きながらゲイルは再び城壁に目を向けた。
戦場は刻々と変化していく。例えアレス達が人智を超えた武勇で魔獣を蹴散らしても、それでもそこから逃れ城壁にたどり着くものが多数いる。
「東門の兵に告げよ。南門にさらに数十の魔獣があがってくる。何名かをこちらに向かわせよ、と」
「魔法隊に告げよ。今度は東の方よりガーゴイルが数匹くる。全力でこれを阻止せよ」
変化する戦場において、それに対応しながら兵を配置していく…まさにゲイルは当代きっての名将であった。
しかし、そんなゲイルもさすがに焦りの色を隠せなくなってきていた。
「もうすぐ日没も近い……兵の疲労も限界を迎えている。城壁の耐久もギリギリの状況だ……そろそろ腹をくくるべきか…」
ゲイルをもってしても、見渡す限り埋め尽くされた魔獣の群れは恐怖を覚えるのである。末端の兵からすれば、絶望以外に他ならない。
倒しても倒しても湧いて出てくる魔獣達。一人、また一人と心が折れ、そして命を落としていく。
「ゲイル様、東門の耐久が限界をむかえようとしております!」
「ガーゴイルも数匹侵入を許しました!こちらに向かってきます!グゲッ!」
絶望的な報告を聞いている中、背後からの音にゲイルが振り向くと、報告にきていた兵が肩から血を流し倒れていた。その後ろには剣を持ったガーゴイルの姿が見える。
とうとう、侵入を許した…東門も限界を迎え、最早これまでとゲイルが思った時
ガーゴイルの動きが止まった。いや………
全ての魔物の動きが止まった
時が止まったような静寂があたりをつつむ。すると狂ったように城に向かってきた魔獣たちは踵を返して魔境の森に向かって帰り始めた。
城壁の兵たちは呆然としてその様子を見ている。するとどこからともなく声が上がり始める。
「魔獣が引いていくぞ…」
「助かった…のか?」
「助かったんだ……」
「勝ったんだ…」
「俺たちは……守ったんだ!!」
「俺たちは守り抜いたんだ!!!!」
ほどなくしてセインツは歓声に包まれることとなる。
◆
グランツ首都セインツが魔獣の群れに襲われた事件。
なぜ、魔獣たちが大挙してセインツを襲ったのか、そしてなぜ、魔獣たちは去っていったのか………依然として謎に包まれている。
歴史書にはこのように記されている。
「この戦は利を手にするために戦った戦ではなく、民を守るための戦であった」と。
そして、結びにこう記されている。
「この日をもって『呪いの大地』は『歓喜の大地』としての第一歩を歩むこととなる」と。




