魔境の大地
アレスは南方、デパイ川を渡ってから進行したアルカディア全軍と異なり、黒軍を率いてグランツ公都ハインツの西、『魔境の大地』から進軍することとした。
ハインツから西に行くと妖魔、魔獣が住まう森や草原が増える。また妖魔貴族が居を構える箇所も多く、グランツではこの地を「魔境の大地」と呼び、一切開発を行ってこなかった。いや正確には「できなかった」
「ハインツは東にガリア山脈を有し、北は異民族が闊歩する草原地帯だ。そして西はこの魔境の大地。それゆえ、本来なら南から攻め込むしかない。ハインツが難攻不落なのは、この南から攻め込むしかないからともいえる。この魔境の大地はハインツにとって盾であり、またハインツを脅かす足枷になっているんだろうね」
アレスは瘴気が漂う様子を眺めながら、そうシグルドに話す。
「この地はダリウス卿にとって庭のようなもの。ここから攻めれば、必ず出てくる…彼との対決を望むならこの魔境の大地しかないだろう」
そう言うと、アレスは小さな声で呟く。
「後は…ローゼンハイム公子サイオンがどのような手を打ってくるか…それが気がかりだね」
アレスの読み通り、ダリウスは多くの兵を場内に残し、自らは1万の兵を連れて魔境の大地に向かった。
そして、両軍が相対したのはその2日後であった。
◆
「黒一色の騎馬隊…初めて見ましたが中々壮観ですねぇ…」
副官であるディルクの言葉に、目を細めて相手の陣容を見ていたダリウスは頷く。
「俺が今まで見てきた兵の中でも、これほど統一された兵はいない。高い錬度だ…油断はできないな………ん?」
ダリウスとディルクが言葉を交わしている時。唸り声のような音とともに一本の矢がダリウスめがけて飛んでくる。
「なっ!!」
「旦那!?」
驚く周囲をよそに、それを顔の前で何事もないように矢を捉えるダリウス。
「小癪な真似をする…ん?」
そう言うとダリウスは矢についている書状に目がとまった。そしてその内容を読みニヤリと笑う。
「……………面白い。敵の大将から一騎打ちのお誘いだ」
「……旦那に一騎打ちって…バカなんですかねぇ…」
「いや、それだけ自信があるということだろう……あの時はわずかしか手合わせできなかったが、今回は楽しめそうだな」
そう言って書状を握りつぶすと、ダリウスは指定された小高い丘に向かうのであった。
◆
ダリウスが指定された場所に向かうと、そこには白い戦装飾を身にまとった男が待っていた。
「こうして正式にお目にかかるのは初めてだな」
ダリウスはその男……アレスに笑いかけ、そして騎乗している雄牛から降りた。
対するアレスもまた愛馬セインから降り、笑いかける。
まるで親友とのあいさつのように。
「そうだね……こうしなければお互い多くの命が失われることになるからね」
そう言うとアレスはダリウスを見つめながら言葉を続けた。
「こうして、ここに来てくれるということは僕の提案に乗ってくれたとみて良いのかな?」
「大将同士の一騎打ちにて雌雄を決する…解りやすくてよいな。だが…」
そう言うとダリウスは自慢の黒鉄の削り出しの槍を構えて言い放つ
「グランツ公国公子ダリウス!生涯の戦にて今だ敗北なし!!一騎打ちを望んだことを後悔させてやろう!!いざ、勝負!」
その瞬間ダリウスの体が黄金色の闘気につつまれる。そして爆発的なスピードでアレスに向かって襲いかかった。
「シュバルツァー公子、アレスシュバルツァー、参る!」
アレスも同じように身体に魔力を流し、迎え撃つ。
他には『武天七剣』から『神剣オルディオス』を抜き放ち、構えをとる。
アレスの青い魔力とダリウスの金色の闘気がぶつかり合い、激しい爆音が轟いた。
「があぁぁぁぁぁあ!」
ダリウスが長槍を突き出すとアレスはオルディオスの平を使っていなし、
「はっ!」
そのまま相手の手首を狙い攻撃に転じた。
「甘い!」
ダリウスはそれを冷静に長槍で受け止めると本人ごとなぎ飛ばし、さらに追い打ちをかける。アレスは姿勢を崩しながらも「見えない斬撃」をとばし、ダリウスの足をとめた。
「やはり…一筋縄ではいかないな…」
そう言ってアレスは再び剣を構える。
対するダリウスも静かに息を整えながら槍を構えた。
「じゃあ次の手を使わせてもらおう」
そう言うとアレスの右手から神剣オルディオスの刀身が消える。
「聖剣エクスカリバー!!」
すると今度は白銀に輝く刀身が姿を現した。
「むっ……??」
戸惑うダリウスにアレスは言葉をかける。
「さて、今度は純粋に身体能力や魔力を上げた上でやらせてもらう。じゃあ行くよっ!!」
そう言うと、先ほどとは全く異なるスピードでダリウスに襲いかかった。
「小癪なっ!!」
ダリウスは長槍を猛烈な勢いで振り回すが、当たらない。アレスは振り回した瞬間の隙を狙い、剣を打ち込む。しかし、それもまた恐るべき速さで体勢を整えるダリウスに受けられる。
このような撃ち合いが何合が続く。
(くそっ!魔力とエクスカリバーで身体能力を大幅に上げても、まだ大きなダメージを与える攻撃ができない!)
スピードは明らかにアレスの方が上。しかし、アレスの攻撃をいとも簡単に受け止め、反撃を行うダリウスに焦りの色は見えない。そう、彼は待っているのだ。アレスが疲れるのを。
また何合か撃ち合った後、アレスは再び距離をとった。
「まだ余裕がありそうじゃないか?」
「そうだね…まだ隠し玉はあるかな?」
そう言うとアレスは静かに息を吸い込んだ。
「正直、実戦において『この身体』でやるのは初めてだから…上手くいくかは分からないんだけど…手を抜いて勝てる相手ではないし、今ならエクスカリバーで魔力も上がっているから……なんとかなるかもしれない。試す価値はあり、か」
そう言うとアレスは魔力を解き、大きな深呼吸をする。
そして大きな声で裂帛の声をあげた。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
その瞬間、アレスの身体が金色の闘気に包まれる。
「!? 貴様も闘気を使えるのか!?」
驚くダリウスを尻目にアレスは言葉を続ける。
「勿論、これだけじゃないよ!」
そう言うとさらに全身に今度は魔力を流す。
青い魔力と金色の闘気が混ざりあい、全身が白く輝き始める。
「魔力と闘気を全身に流す…剣聖シン・オルディオスの戦闘技術「魔闘術」。闘気による身体強化と魔力による能力上昇を組み合わせた…言わば僕の奥の手さ。さて、これにエクスカリバーの力を加えて……さぁ、もう一度やってみようか」
そういってアレスは剣を構えた。
「……面白い。実に面白い!次から次に隠し玉が出てくる。これでこそ、俺が求めていた雄敵よ!」
ダリウスはその様子をみて獰猛な笑みを見せると
「かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ」
再び大きな気合の声をあげる。と同時に全身がさらに輝きを増した。
「まだ闘気をあげることができるのか…」
アレスの言葉にダリウスは応える。
「応!さぁ、再び始めようではないか!」
そう言うなり、ダリウスはアレスに飛びかかった。アレスもまた迎え撃つ。
人智を超える戦いが再び始まるのだった。
◆
さらに、何十合かの撃ち合いの後……。
あたりの地面は抉れ、様相を変えていた。アレスもダリウスも息が上がってきている。特にアレスは目に見えて疲労の色が濃い。
(いかん……このままいけば確実にやられるのはこちらの方だ)
再び距離をとり、アレスは冷静に考える。
今、ダリウスに勝つために必要なのは、スピードではない。小さな斬撃では彼に大きなダメージを与えることはできない。必要なのは、彼の槍……そう、金属の王と呼ばれし黒鉄で作られた長槍をも打ち砕くほどの大きな一撃だ。
今のアレスの一撃では、彼の武器を破壊することはできない。たとえ、魔闘術で全ての身体能力を極限まで引き上げてもかなわないのだ。
アレスは呼吸を整えると、『聖剣エクスカリバー』をしまう。
「どうした。やめるのか?」
その様子を見てダリウスは荒い呼吸をしながら……そう挑発する。だが構えを解くことはない。彼は分かっている。この雄敵がここで簡単に折れるような男でない事を。
アレスはダリウスの挑発には乗らず静かに目を閉じる。そして『武天七剣』の先に左手を合わせた。
(僕に今必要なのは……この固い守りを破る剣。今ならきっとできるはず!!)
「其は魔導の剣。地獄の業火に鍛えられし、古の剣」
そう言うと、アレスは一気に引き抜く。
「魔剣グラム!!」
そう言うと、瞬い光が放たれ強大な魔力があたりを包む。その戦いを見守る多くの者達は思わず目を瞑った。
再び目を開いた時……アレスの右手には赤い魔力を纏った黒い刀身の剣があるのが見えるのであった。
昨日魔力と闘気の違いは何?と聞かれました。
確かに説明がなかったので、時間のある時、どこぞのお話で編集します。
魔力は文字の如く、魔法、魔導の力です。魔法使いたちはこれらを使い魔法を使用します。
魔力による能力向上はそれを利用した方法です。ただ、魔力持ちの人間は総じて魔法使いになるため、あまり身体強化に興味をもちません。
魔力は生まれもった才能がないとできません。すなわち、魔法使いは天性の魔法の才能があるわけです。
アレスもシグルドも生まれもった魔力があるからこそできる技です。
闘気は身体の内なる力の解放。すなわち気を使って能力を向上させます。
これは厳しい訓練を積んだ武闘家などができるようになる技です。
この能力向上も魔力を使った能力向上と同等の力を得ることができます。
ダリウスは魔力を持ち合わせてはいません。それ故に、己が体内に秘められた気の力を爆発させる事で魔力持ちに匹敵、いや凌駕するほどの力を操ることができます。
これゆえ、この二つを使い、しかも合わせる事ができるアレスの魔闘術は稀有な方法な訳です。




