ダリウス・グランツ
ザクセン大公ゲオルグと第一皇子カルロスの先陣が出発してから一週間後、皇帝セフィロス率いる本軍がレドギアを出発した。
数年ぶりの皇帝の親征とのことで、それに同行している多くの貴族達は張り切った顔をして行軍している。
そんな彼らの出鼻を挫く情報がもたらされたのは、先陣が出発して二週間ほどのことだった。
グランツ領に入ったセフィロス率いる本軍に急使が入ったのだ。
「申し上げます!ザクセン大公率いる先陣3万、ほぼ壊滅!」
「申し上げます!カルロス殿下も敗走!現在は後方に布陣し立て直しを図っている模様!」
次々とくる報告に騒然となる貴族達。
「馬鹿な!!」
「ザクセン大公、カルロス殿下、共に精鋭を率いておる!また両名ともアルカディアが誇る名将。何かの間違いでは!?」
「ザクセンの精鋭が壊滅するなど考えられぬ!」
貴族達が騒ぐ様子を眺めながらセフィロスは憮然とした表情でしばらく考え込むと重々しく諸侯達に告げる。
「これよりアルカディア本軍を予定より早くグランツ首都、ハインツに向かわせる。カルロスとゲオルグは軍を立て直してから至急合流するよう伝えよ」
静まり返る貴族達。
本隊と合流。これは先陣の失敗を意味している。
諸侯達の動揺と喧騒は続くーーー
◆
「アルカディアの名将と聞いていたが、意外とつまらないものだな」
グランツ軍を率いる将は先ほど打ち破ったカルロスの陣を眺めながらそう呟いた。周囲を見ると、累々と多くの屍が転がっている。
「天下に名だたるアルカディア軍。もっと楽しませてくれると思ったのだが…」
「いや、旦那が強すぎなんでさ」
その横にいる男がそれに答える。
「それに我らも旦那について妖魔や蛮族相手に散々戦をしてましたからね。旦那ほど…とは言わないまでもついていくことはできまさぁ」
そう言うとその横にいた山賊のような男……副官を勤めるディルクは笑った。
それと同時に、彼の主人もまた獰猛な笑みを浮かべた。
グランツ軍の将、彼の名をダリウスと言う。彼はここグランツ公国の公子であり、嫡男であった。
ダリウスは身長2mほどの黒髪碧眼の大男である。顔は涼やかで端正な顔立ちであったが、身体中の筋肉が発達し、戦場に立つと非常に目立っていた。
彼が乗ることができる馬はなく、代わりに一頭の雄牛に跨っている。馬ではすぐに潰れてしまうのだ。
手に持つ4mほどの長槍は鉄の中でも最重量を誇る黒鉄を削り出したもので、重量は軽く100キロを越す。
「圧倒的な暴力」
ダリウスを表現すればそうとしか言い表せない。
魔法を使うわけでもなく、知略があるわけでもなく。ただ、その腕力のみで戦場を変えてしまう。
その長槍が縦横無尽に振るわれれば、その周りは累々と敵の屍が増える。
ダリウスは元々嫡男として生まれたわけではない。
グランツ公ゲイルと獣人であった妾の間に生まれた子であった。
ではなぜ彼が嫡男として認められたのか?
それはその圧倒的な武勇からである。
尚武の国であるグランツでは強さが最も重要視される。そのため獣人やドワーフ、果ては魔族も重要な戦力と考えられている。強さを求めるにあたり多種族と交わるのも多く、人口の中でも3割〜4割は混血であると言われている。
その中でもダリウスは言わばグランツで長年繰り返された人族と亜人の最高傑作と言っても過言ではない存在であった。
代々のグランツ公が持つ気高さ、誇り、そして戦闘技術。獣人の持つしなやかなスピード。ドワーフが持つ筋力。戦闘民族アーリア人が持つ武勇と猛々しさ。北の蛮族の攻撃性…
これら全てを併せもったのがダリウスであり、その存在を認知したゲイルにより多くの兄弟を差し置いて嫡男として認められたのであった。そして、その決定に誰も異論を挟まなかった。
ダリウスが周辺諸国の戦に顔を出すことはない。それは彼の兄弟達やグランツの将達でも務まるからである。
しかし、妖魔貴族や蛮族、アーリア人などを相手にする場合はそうはいかない。彼らは圧倒的な力で領土を蹂躙してしまう。
そのため、ダリウスは毎日その様な者たちを相手に戦を繰り返していたのである。妖魔貴族や蛮族達を遙かに超える圧倒的な力によって。
今回もまさにそうである。
純粋な暴力のみでアルカディアの先鋒、ザクセン軍を壊滅させ、カルロス軍を完膚なきまでに破ったのであった。
「申し上げます!」
そんなダリウスの元に報告が入る。
「逃亡したアルカディア軍、テパイ川の向こうにて陣を立て直している模様です!」
その報告を聞き、ディルクはダリウスに問いかけた。
「だ、そうですが、いかがしますか?」
「……答える必要があるか?」
「承知しました。では、全軍をもって叩きのめしましょう」
そう答えるディルクを見て獰猛な笑顔を見せるダリウスであった。
◆
デパイ川はグランツ首都ハインツの南を流れる川である。
氾濫をすれば恐ろしいまでの大河になるものの、普段は割と穏やかな川であった。
そんなデパイ川の向こう。
カルロスは焦りを覚えていた。
「早く立て直しをはかれ!再びグランツに攻めなければ…落とさなければ俺はこの責を問われる事となる!」
それは皇位継承争いからの後退を意味する。
皇帝セフィロスは身内といえども失敗したものに対して冷たい事をカルロスは承知していた。
アルカディアの狂皇子 もしくはアルカディアの若獅子という通り名で知られるカルロスにとって今回の戦は初めてとも言える完全なる敗走であった。
何もできなかった。
弓矢も魔法も怯むことなく、突撃を繰り返す兵達。何よりその先頭に立つ牛に跨った大男。
奴こそが今回の総大将であるダリウスという男であろう。
ダリウスが右から左に長槍を振るうだけで、多くの兵がその体を吹き飛ばされていく。
「とにかくあの大男を討たないと…どんな手を使っても…」
カルロスがそう呟いた時。
「て、敵襲です!北よりデパイ川を越えてグランツ軍が来ます!」
近侍の近衛兵が報告に来る。まさにその瞬間。
唸り声のような音がカルロスの陣に響き渡る。
「その数、今だ不明。で、殿下も急ぎこの場を…ペギャ!!」
報告していた近衛兵の身体が弾け飛んだ。
「な、何が…」
再び、陣に唸り声のような音が響き渡る。
それと同時に。
大きな爆発音とともに今度は近くの岩が弾け飛んだ。
爆発した岩の方を見ると一本の鉄製の槍が刺さっている。
「ま、まさかこの槍を投げたというのか…?」
それはいつでも命を奪うことができるという宣言に他ならなかった。
「で、殿下!急ぎこの場からお逃げ下さい。命があれば再起も図れます!」
副官を勤めているフーバー公ダグラスが慌ててカルロスに進言する。
「し、しかし…」
「このままだと相手の思うつぼです。今回の相手はあの白髪のあばずれとは訳が違います。とにかくこの場は引きましょう!ライド!ライドはいるか!?」
そう言うとダグラスはカルロス軍でも屈指の猛将、ライドを呼び寄せた。
「はっ!お呼びで?」
「今から我らはこの地を引き上げる。汝は殿を勤めよ。」
「ははっ!グランツなど恐るるに足りず!必ずや足止めをしてみせましょう」
そういうと、勇躍、ライドは馬に跨り戦場に向かう。
その後ろ姿を見ながら、敗北感に打ちのめされたカルロスは大声だ咆哮をあげる……
「くそおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおお!!」
こうして再びカルロスの軍勢はは敗走することになった。
そして……その後カルロス軍もまた、ザクセン軍と同じく、立ち直る間も無く壊滅することになる…
長い事とダリウスと共に過ごしていたディルクだったが、今回自分の主が行った行動に言葉を失った。
「旦那って人は…どれだけ常識から外れている人なんですかねぇ」
ダリウスは戦場に着くと投擲用に作らせた鉄槍を投げたのである。
裂帛の気合とともに投げられた槍は唸り声をあげてアルカディア軍の中に突入し、轟音をあげることとなった。
「敵は動じてるぞ!今がチャンスだ!」
そんな呆れているディルクを尻目にダリウスはそう言って嬉々と敵陣に突入していく。
「おおおおおおおおおおおお!!」
雄叫びをあげながら彼が槍を奮うたびに、あたりにアルカディア兵の骸が増えていく
「ダリウス様に続け!!遅れるな!!あいては妖魔でもアーリア人でも、蛮族でもない!ただに人間だ!」
その後ろから、彼とともに長きに渡り戦場を過ごしてきた命知らずの兵たちが続いていく。
もはや一方的な展開が始まっていた。
縦横無人にダリウス達が暴れまわっていると……
「貴様がこの軍の大将だな?」
とダリウスの前に立ち塞がる者が現れる。
ダリウスが見ると、自分の背丈と同じぐらいの大男が、六角棒を振り回しながら近づいてくる。
「我が名はライド!栄光あるカルロス殿下の配下にて一軍を率いる者!いざ!!」
そう言うとライドはダリウスに襲いかかった。
ライドは六角棒の使い手として帝都で知られていた。元は山賊の頭目であったが、その武勇を買われ、カルロスの配下となった経歴をもつ。その経歴のため粗暴ではあったが、実力は本物でカルロス麾下の将の中でも一、二を争う猛将であり、カルロス陪臣から帝国の直参にならないかと誘われたこともあるほどだ。
ライド本人も自分の武勇に自信をもっており、また野心もある。この状況はある意味チャンス。ここでダリウスを討ち、戦況を変えることでさらに名を上げ、カルロスからさらなる褒美をもらうつもりでいた。
「はあぁぁぁ!!」
ライドの気合とともに六角棒が唸りをあげる。それを冷静にダリウスは受け切る。
ライドの六角棒とダリウスの長槍が打ち合うこと5合。ダリウスは明らかに気落ちした様子で槍を下げた。
「アルカディアの狂皇子、カルロス。その将と聞いて楽しみにしていたのだが…とんだ期待外れだったな」
「なっ!なにを!!」
プライドを大いに傷つける言葉。そして実際ライドは焦っていた。
槍を合わせると相手の力量が伝わってくるものである。ライドは未だかつて経験したことがないほどの圧倒的な実力差を感じたのであった。
(…こんなことがあるわけない!俺はこの腕だけでここまでのし上がってきた。これは何かの間違いだ)
「もう面倒くさいから…とりあえず死んでおけ」
そう言うとダリウスは長槍を大きく振りかぶり…
ビュン
今までにはなかった速度で振り下ろした。
「ハギャッ!!」
ライドは六角棒でかろうじて受け止めたが…その六角棒を破壊し脳天へ直撃を食らった。と同時に頭が割れ、おびただしい血を噴き上げ前のめりに倒れた。
ダリウスはその様子を見ながら後続の部下たちに向かって吠える。
「さて…続きといこうか。完膚なきまでに叩き潰せ!!」
「おおおおおおおおお!」
◆
アルカディア本陣の一角、シュバルツァー軍の陣にて。
アレスはゼッカから報告を受けていた
「以上、ゲオルグ、カルロス両名の軍はともに壊滅、ザクセン大公もカルロス第一皇子共に命からがら逃げ帰ったと言ってもよろしいかと」
「そうか…ありがとう」
そういうとアレスは笑ってシグルドの方に顔を向けた。
「予想通り、お二方とも負けてくれたよ。これであの二人もしばらく大人しくせざるを得ないだろう。とくにカルロス殿下は痛手だね。これで優位に進めていた皇位継承争いから一歩遅れることになるわけだから」
「アレス様の読み通りの展開になりましたね」
「いや…読み通りではないな。正直自分の予想を超えていた」
そういうとゼッカの報告にあった一人の武将に思いをはせる。
「グランツ軍の主力部隊…想像以上の強さだよ。なによりその軍をまとめているダリウス・グランツ…恐るべきと言っても過言ではないね」
「珍しいですね。アレス様が他人を褒めるのは」
「正当な評価をしているつもりだよ。古今の英雄と言ってもいいんじゃないかな?ザクセン軍やカルロス殿下の軍は弱兵ではない。それを力のみで制圧するんだから。特に本人の武勇は異常さ。彼を止めるにはシグルドや僕でも本気にならないと無理だろうね。そして…正直勝てるかどうかは…分からないな」
「私もゼッカの話を聞いてそう思いました。あまり出会いたくはありませんね」
「…その割には嬉しそうだけど?」
そう言って目を輝かせているシグルドを見てアレスは小さく笑った。シグルドは本気の勝負ができる相手が現れたことが嬉しいのだろう。たしかに自分かシグルドなら…討つことはできなくとも、確実に止めることができる。だが、いずれにしても命をかけなければならない。
「欲しいな」
アレスは小さく呟く。
アルカディア帝国精兵を圧倒した軍。そして圧倒的な力を持つ武将ダリウス。
「これから僕の野望に付き合ってもらうに最高の人物だと思わないかい?面白い、最高に面白いよ…」
そう言って不気味に笑いだすアレスを見ながらシグルドは思う。
(アレス様があの顔をするときは…碌なことがない。そして何よりあの人は欲しいものはどんな手を使っても必ず手に入れる人だ…ダリウスとやらも目をつけられてかわいそうに…)
と、まだ見ぬ雄敵に多少の同情を感じるのであった。




