剣聖と姫騎士
リリアナが聖剣アルフレックスを振るうたびに、多くの兵がその魔力の波動で吹き飛ばされる。
世に名剣は多くとも、その名に「聖剣」とつくのは「武天七剣」のエクスカリバーを除き、この世界において3本しか確認されていない。聖剣とは、女神の力を宿し破魔の力を持つ究極の剣なのである。
その中の一本が現在リリアナが振るっているアルフレックスなのだ。
ただ聖剣や魔剣と呼ばれる武器には欠点もある。それは持ち主を選ぶと言うこと。その点において、リリアナにとって聖剣アルフレックスは相性も良く、運命の剣と言ってもおかしくない、かけがえのない相棒であった。
「我こそはリリアナ!レドギア王国の第一王女だ!誰か私と勝負できる者はアルカディアにはいないのか!?」
リリアナはそう叫びながら、戦場を駆け抜ける。しかし圧倒的な戦闘力を前にして、その呼びかけに応じるような猛者はアルカディア兵の中には存在しなかった。
「天下のアルカディア兵も全くだらしのないものだ。世にはこの様な男しかいないのか?」
リリアナは鼻で笑ながら近くで逃げ惑う兵たちに襲いかかる。そんな時、ふと、巨大なプレッシャーが自分の元に近づいてくるのを感じ、思わずその方向を見あげた。
「何か向こうの方から近づいてくる…一体何が?」
目を凝らすと、兵の間を縫って白い馬に跨った一人の若い騎士が散歩でもするように近づいてくる。
「おっ、あの女性かな?リリアナ姫というのは」
「マスターよ、あれは中々の実力持ちだ。本気を出せ…とは言わんが手は抜かぬ方が良いぞ」
「…心配はしてくれないのかな?」
「心配するだけ損というものだ」
戦場には似つかわしくないゆったりとした歩調。しかしリリアナはその気配から未だかつて出会ったことがない強敵であることを理解した。そして……
「馬が会話している?魔獣か?」
リリアナの僅かなつぶやき。しかし麒麟であるセインの耳にはしっかり届く。
「あの娘!我と魔獣の区別もつかんのか!」
「ま、喋る馬を見たら驚くのは無理ないよねぇ。」
アレスはリリアナの近くまでくるとセインから降りた。
「お初にお目にかかります。私は神聖アルカディア帝国大公家公子、アレス・シュバルツァー。このアルカディア軍の将の一人です。貴女がレドギア王女リリアナ姫でよろしいでしょうか?」
リリアナは返事をせずに静かに聖剣アルフレックスを握りしめ、切っ先をアレスに向けた。
「何用かは知らないが、私が通る道を邪魔するのなら消えてもらおう。覚悟はよろしいか?」
「…やれやれ、話も聞いてもらえないとはねぇ。そんなに嫌われ者なのかな?」
「まぁ、戦場でその様に余裕な顔をしていれば…憎たらしくはなるな」
「…セインは黙っていてよ…」
そう言うとアレスもまた、胸にかけてある「武天七剣」から神剣オルディオスを引き抜く。魔力を込めるとオルディオスは青い輝きを放った。リリアナはその様子を訝しげに眺める。
「聖剣か魔剣か…いずれにしてもただの剣ではないな」
「そうだね…強いて言うなら名前もつけてもらえなかったほどの究極の剣だね。この剣は」
それを聞き、リリアナは笑った。
「面白い!今までの歯ごたえのない連中とは訳が違うようだ!!楽しめせてもらおう!」
リリアナの声にアレスも応える。
「こちらとしても…貴女がどれだけの実力なのか確認させてもらうよ」
◆
その場の誰もが口を閉じ、二人に注目する。聞こえるのは風の音のみ。戦場にはふさわしくない静寂があたりを包んだ。
初めに動いたのはリリアナだった。リリアナは疾風のごとくアレスに襲いかかる。
「はああぁぁぁぁぁああ!!!」
裂帛の掛け声とともに青く輝きを増したアルフレックスがアレスに振り下ろされた。
「遅いよ!」
そういうとアレスはオルディオスでその刀身を受け止め、そのまま魔力を流す。
オルディオスとアルフレックスの魔力が拮抗し、その場に衝撃波が生まれた。
リリアナは跳びすさり笑う。
「初太刀を受け止めるとはな。これは久々に本気になれる相手だ!」
そう言うなりアレスの返事も待たず、リリアナはアルフレックスの力を解放する。
聖剣や魔剣にはそれぞれ何かの特性があると言われている。
オルディオスの特性は「見えない斬撃」である。そしてアルフレックスの特性は…
「『身体強化か』…やっかいな特性だね」
「余裕を見せるのもそこまでだぁぁぁ!」
身体強化によって腕力、瞬発力などが一気に向上する。先ほどよりも早くアレスの懐に潜り込んだリリアナは渾身の突きを繰り出す。
「くっ!」
アレスは思わず数歩後ろに後退りをした。
「もらった!」
リリアナはこの時、自分の勝ちを確信した。自分の突きは人類の天敵と言われる魔族の中の上位種、妖魔貴族でさえも屠る事ができる。その自信がある。
相手はまだ余裕を見せ、油断している様子。今なら確実に突くことができる。
リリアナは自らの刀身がアレスの首を刺し貫いた…様に見えた。
その瞬間、吹き飛ばされていたのは自分であることに気がつくまでに多少の時間を要した。
「……ぐっ……どうなっている?どうして私が飛ばされるのだ…?」
「君が貫いたのは僕の幻影だからさ」
後ろから声がかかりリリアナはギョッとする。そこで見たのは静かに微笑むアレスの姿だった。
リリアナが貫いたのはアレスが作った幻影であった。その動き、恐らくその場にいる誰もが解らなかったであろう。それほど素早く動き、リリアナの攻撃を避けたのだ。
「まだまだまだ!」
しかしリリアナの攻撃はそれでは終わらない。体勢を立て直すと再びアレスに襲いかかった。身体強化で剣速が常人とはかけ離れた速さになる。実際にその太刀筋を見えたものはほぼ皆無であろう。しかしその嵐のような斬撃をアレスは冷静に捌ききっていた。
アルフレックスの特性、「身体強化」ではスピードだけでなく、腕力も常人とはかけ離れた力をもつ。その力は石で作られたゴーレムでさえも一刀のもとに切り裂くことができる。
しかしアレスはその力をも物ともせず、冷静に受け止め、いなしていた。
ここにきて、リリアナも少しずつ相手の力量を理解し始める。そして同時に焦りはじめた。
「なぜだ!なぜ当たらない!?」
「無駄な動きが多いのさ。だから太刀筋がよく解る」
「な、何を!?」
アレスは後方に大きく跳び距離をとった。そしてリリアナに向かって三本指を立てる。
「3回。後、剣を合わせる数、3回で勝負を決めよう」
リリアナは自分が愚弄されてると感じ、激昂した。
「ふっ…ふざけるなあぁぁぁぁぁぁあ!!」
そう言うと再びリリアナはアレスに跳びかかった。
それを静かに眺めながらアレスはオルディオスの刀身に魔力をこめる。オルディオスはそれに呼応し、刀身が眩いばかりの青白く輝く。
「一つ!」
アレスがオルディオスを振り下ろすと同時に見えない斬撃がリリアナを襲った。
「くっ!!」
リリアナもさるもの、アルフレックスてその斬撃をしっかり受け止める…が、そのまま後方に飛ばされた。
「くっ!なんだこれは!!」
そう言って前を向くとすでにアレスはリリアナの懐に潜り込んでいた。
「二つ!」
そういうとアレスはオルディオスを下から上に切り上げる。
リリアナはこれもまた受け止めたのだが、受け止めきれずアルフレックスを放し、上空に飛ばされてしまった。
「しまった!!」
「これで最後だよ」
宙を舞うリリアナの背後から声がかかる。後ろを見ると今度は剣を振りかざしたアレスの姿が見えた。
「死なないよう手加減はするけど、多少痛いのはごめんね…三つ!!」
アレスは剣の平でリリアナのその白銀の鎧を叩く。
勢いよく地面に叩きつけられたリリアナは
(世の中は広いものだ…私がこんなに簡単に遊ばれるなんて…)
と一人思いながら…
意識は闇の中に沈んでいった。




