レドギア王都 フラン
アレス達はシルビアと合流後、すぐ様トレブーユを出立した。
本来なら今後の統治を考え、代理の領主を置くのだが……アレスはそれをそのまま降伏したルイに任せるよう進言した。
「馬鹿な!!もし背後から襲われたら如何するつもりだ!」
「まだトレブーユ貴族には不満が残っている。彼らが暴発したらどうする?」
当然、アストリアを筆頭に、シルビア配下の者たちは猛反対をした。
「……その理由を説明してもらおう」
「人を信じる事が出来ない人間が……人の心を落とせますか?」
「其方はトレブーユ王を信じると?」
「降伏した時点で彼はもう王にあらず。アルカディア臣下です。もし彼が反旗を翻したら……私の軍で迎え撃ち、そして私の命をもって責任を取りましょう」
アレスの言葉に瞑目したシルビアは静かに言葉を紡ぐ。
「あいわかった。シュバルツァー公子の言葉に従おう」
こうしてシルビアを中心とする軍団は、トレブーユをそのままルイに預け、全軍をもってレドギアに出陣したのであった。
◆
「もうすぐレドギア国境に入ります」
フルカスがそう言うとシルビアが頷く。
「レドギアは今二つの砦にかかり切り…王都は無防備な状況か」
そう呟くとシルビアはアレスの方を見る。
「これもまた、事前から考えていたのか?」
「レドギアは強兵の国です。正面からあたっても時間はかかります。されど、流石に1週間ほどで2か国が落ちるとは思っていなかったでしょう。その時間のずれを突くつもりでした」
「だから貴公はこちらを志願していたと」
「ブルターニュもトレブーユも戦に消極的でした。兵も集まっていない様子。ならば、即時動けばたやすく落ちることは確信していました。そして…その二国を通ればレドギアの王都フランまでわずか二日で到達できることも」
そういうとアレスの目の前にはレドギアの王都フランが眼下に広がる。
「で、攻めるのか?」
シルビアの問いにアレスは返す。
「いえ、本日は攻めません。まだ俳優が全員そろっていないのでもうしばらく待ちましょう」
そう言うとアレスは笑う。
「窮鼠猫を噛むと言います。今攻めたらおそらく向こうも必死で抵抗します。下手をすれば民衆も敵に回すことになり、こちらも屈指の精鋭が揃っていると言えど、多大な被害を受けるかもしれません」
「しかし、確実に落とすことは可能だ。ましてや、今レドギアが誇る三人の名将が不在。戦に犠牲はつきものだが今は攻めるべきなのでは…」
「私は人死にを好みません。それが例え敵であってもです。犠牲は少ない方がいいに決まっています。そして…何よりこのフランを荒らせば今後の統治に差支えが出るでしょう」
アレスとシルビアの後ろから今度はフルカスが問いかけた。
「アレス殿はあえて何かを待つようですが…いったい何を待つおつもりか?」
「それは…」
そういうとアレスは悪戯っ子のような顔をして答えた。
「レドギア最強の御仁、「白銀の姫騎士」リリアナ姫ですよ」
◆
ラッセ要塞は度重なるアルカディア軍を迎撃したことで勝ち戦の雰囲気が漂っていた。
「どうやら、ソラン砦の方も大丈夫のようだな」
リリアナの言葉にジオンは答える。
「はい、ガーンもしっかり防いでいる様子。共に殿下のご活躍があるからだと存じ上げます」
「そんなことはない。ジオン将軍もガーン将軍も、そしてなにより兵たちが頑張ってくれているからな」
リリアナは天馬に跨り、ラッセ砦とソラン砦を往復していた。どちらかが押し込まれると遊軍として駆けつけその圧倒的武勇でアルカディア兵を蹴散らしていく。
「殿下。お疲れではございませんか?まだまだ戦は続きます。あまり無理をさせると今後に影響があります。ほどほどにお休みください。あとはこのジオンがなんとか致しますので…」
「申し上げます。王都より急使が参っておりますが…」
突然の兵からの連絡に訝しがる二人。
「王都より急使…?至急こちらに参るよう伝えよ」
リリアナは平然を保っているようだったが…心の中は嫌な予感で満たされていた。
◆
「王都フランに兵が現れただと…?」
「はい。現在お互いがにらみ合っている状態です。陛下自ら鎧を着て出陣しております。リリアナ殿下には至急王都に戻って頂くよう連絡を受けております」
「馬鹿な…ではブルターニュとトレブーユを抜けてきたと言うのか!?」
リリアナの横にいたジオンは厳しい顔をしながら言った。
「殿下。こちらは私とガーンでなんとか致します。急ぎフランに向かってください。事情ははっきりしませんが、敵が現れたのは事実。フランが落ちればすべてが終わります。なにとぞ陛下を…そしてフランをお守りください」
ジオンの言葉にリリアナは頷く。
「分かった。兄は戦には疎い。急ぎ私がフランに向かおう。ジオン将軍、あとは頼んだ」
「はっ!」
そう言うと扉に向かってリリアナは歩き出した。
「私が到着するまで兄上が無事だといいのだが…」
◆
レドギア国王ウィルフレドはまだ若年ながらも名君の誉れ高い。
元々レドギアは魔獣が多いことで知られている。そのため、兵士に求められるのはそれらを排除できる武力である。
近年は妹リリアナを筆頭に金虎将ジオン、銀熊将ガーンと配下に恵まれており、国内の治安維持、魔獣討伐だけでなく、外敵から国を守るうえでも成功を収めていた。
また政では国内改革を進め、官僚制を敷き国力発展に努めるなど若いながらもその政治的手腕は確かなものであった。
しかしそんなウィルフレドをして、建国以来最大の危機をこのような形で迎えるとは思っていなかったのである。
「リリアナ、戻りました」
「良く戻ってくれた!リリアナ!!」
ウィルフレドは現在城外で陣を敷き、自らも鎧に身を固め一軍を指揮している。政では確かな実績を持つが、戦での経験はあまりなく、圧倒的戦功を誇る妹の帰還を心より喜んだ。
「となると、まだ一戦も交えていないということですか?」
「うむ…なぜ動かぬのかは分からぬが…現在もにらみ合いが続いている…」
「敵の数は2万5千。こちらとほぼ同数です。慎重になっているのかもしれません」
リリアナが敵陣を見ると、不気味なほど静まり返っている。
「ここでいつまでも膠着状態を続けるわけには参りません。こちらから打って出ることにしましょう。私が先陣を務めます」
そういうとリリアナは聖剣アルフレックスを握りしめ、ウィルフレドに一礼して踵を返す。
「時間をかけたことにより、自分たちが追い詰められたことを分からせてやりましょう!」
◆
「敵、動き始めました!!先頭にいるのは、白髪の女性…リリアナ殿下のようです!」
斥候の話を聞き、アレスとシルビアはともに頷いた。
「動き始めたようだな」
「これで役者がそろいました。一度兵を引かせましょう。遅れれば遅れるだけ被害が増えます。あとは手筈通りに」
シルビアはすでにアレスティア軍に追いつこうとしている。アレスは剣を持ち、セインに跨った。
後ろからシグルドが声を掛ける。
「アレス様。私が出てもよろしいのですが」
「シグルドが出てくれてもいいんだけど…でもシグルドにはシルビア殿下を守ってほしいんだ。まぁ大丈夫だろうけど何が起こるかわからないからねぇ。」
シルビア直属の薔薇騎士団1万やアレス率いる黒軍5千は素早い動きで移動を始めている。しかし、アルカディア帝国軍1万は多少動きが乱れる。そこをリリアナは逃さなかった。
「ふきとべぇぇぇぇぇぇ!」
リリアナが聖剣アルフレックスを振るうたびに多くの騎士や兵士たちがまるで紙屑のように吹き飛んでいく。
「さて、じゃぁ止めに入ろうか」
アレスはのんびりとつぶやくと戦場に一人向かうのだった。




