姫騎士
グランツ公国の西に位置するレドギア王国。国土はトレブーユの二倍、グランツ公国の半分ほどである。
決して大きいとは言えない国だが、それでも大国アルカディアの隣にして独立を保ち続けた理由。
それがレドギアが誇る二大要塞
ラッセ要塞とソラン砦の二つである。
難攻不落の砦として、アルカディアからの進軍を幾度も防いできた歴史をもつ。
そして、ラッセには第一皇子カルロスが率いる3万の軍勢が。ソランはザクセン大公ゲオルグが率いる4万の兵が押し寄せていた。
彼らが出陣してから3日、戦闘が始まって4日あまり。一週間が経とうとしていたが、どちらの砦も攻めあぐねている状況であった。
戦況報告を受けたカルロスは苛立ちを抑えられず叫ぶ。
「小癪な真似をするものだ!!」
カルロスが攻めているラッセ要塞には「金虎将」として名高いジオン将軍が指揮をとっていた。手堅い用兵をする将で、幾度もレドギアの危機を救ってきた名将である。
カルロスがいかに策を立ててもそれに乗ることはなく、要塞という鉄壁の鎧を使い守りを固めていた。
そして何よりここには…
「あの白髪のあばずれが幾度となく邪魔をしてくる!」
遊軍として、レドギア最大の戦力と言われる第一王女リリアナがいたのである。
「リリアナ王女が出陣するだけで、士気は上がります。また彼女の使う…聖剣アルフレックスは…もはや戦略兵器です」
そう言って参謀としてカルロスの傍らにいたフーバー公爵ダグラスが見ている先には青く輝く剣を振るい、アルカディア兵を吹き飛ばしている一人の女騎士の姿が見えた。
「アルカディアとはこんなものなのか!?期待はずれもいいとこだ!」
そう言って銀髪をたなびかせ、兵を愚弄しながらカルロス軍の深くまで一人で攻め込む。流石に深く入りすぎたのか周囲はすべて敵兵、周りがそのまま押し包むかに見えた時…
一瞬の青光りが見えたと思った瞬間、カルロスの兵たちは吹き飛ばされた。
「全てはあの剣の魔力。そしてそれを操るリリアナ姫を…認めないわけにはいきませぬな」
「気に入らぬ…全く気に入らぬ!」
そう言うとカルロスが槍を持って立ち上がる。
彼の槍……赤黒く禍々しい魔力が溢れる槍。
「魔槍キルバーン」
かつて人族を虐げた魔族の英雄が使っていたとされる槍が、今のカルロスの愛槍であった。
「この槍なら奴の聖剣にも太刀打ちができよう。この俺自ら叩きのめし…」
「おやめ下さい。大将はそう軽々しく出るものではありませぬ」
ダグラスは静かにカルロスに言い放った。
「現在、多くの兵が犠牲になっているといえど、いずれも下級貴族の兵にすぎませぬ。心配せずとも大丈夫です。 」
そう言うとダグラスは不敵に笑った。
「この後、さらに援軍もくるはずです。いつまで耐え切れるか…楽しみではありませんか?」
「…わかった。まぁ良い、まだ父上が動くまで二週間はある。じっくり攻めてやろうではないか」
そう言うとカルロスは皇族には相応しくない下卑た笑いをして言った。
「あの白髪のあばずれ……必ず後悔させてくれるわ。必ず捕らえて性奴隷として使ってやろう。そう…奴の何もかもをメチャクチャにしてやる!」
戦場を見ると勝鬨を上げてレドギア軍が引いている最中であった。その先頭には噂の主、リリアナ姫がいる。自陣をみればいずこかの貴族の兵が惨々たるありさまで倒れている。
「此度レドギアに好きにやられ、逃げ帰った貴族どもは皆死刑。あと、皇族の軍を急がせよ」
カルロスはそういうと踵を返して戦場を後にするのだった。
◆
一方、アレスの後詰として出陣したシルビアは驚きを隠せないでいた。
「早馬でブルターニュ、トレブーユを落としたと聞いた時はにわかに信じられなかったのだが…本当に落としていたのか…」
「小国とは言え、わずか五日で国を二つ落とすなど…古今東西聞いたことがありません」
シルビアの副官を務める、騎士アストリアも信じられないと言った表情で答える。
シルビアは対ブルターニュ、トレブーユ方面の司令官である。そのためアレスが出立した3日後に帝都をでたのだが…向かう先はいずれもアレスによって落とされている状況であった。
シルビアが城門を見ると、白い戦装束の男を先頭に、後ろに黒い鎧を着た騎士たちが跪いている。
「出向かえご苦労。シュバルツァー公子」
そういってシルビアも馬から降りる。
「遠路、お疲れさまでした。どうぞトレブーユの城にて休息をとって下さい」
アレスも立ち上がり答える。そしてシルビアとともに並んで歩き始めた。
「しかしまさか二国を落とすとはな。しかもわずか5日ほどで。いかなる手を使ったか後学の為に聞きたいものだ」
「とくに何かしたわけではありません。すべて兵たちが頑張ってくれたからです。後は軍監のフルカス殿に聞いてください」
シルビアの問いかけにそういって笑ってごまかすアレスであった。
◆
「車懸の陣…聞いたことがないな。」
シルビアはフルカスから戦の内容を聞いてそう呟く。
「しかもトレブーユに対しては戦もせずに落とすとは」
「恐らく、この電撃作戦で向こうが慌ててくれたことが原因でしょう。アレス殿は仰っていました。急な対応は相手の判断を鈍らせると」
「なるほどな……あい分かった。時にフルカス」
「はっ!」
「貴公には軍監の任とともに私が頼んでいた仕事もあったはずだが……そちらの報告はどうだ?」
フルカスは元々、シルビア直属の騎士だった経緯がある。その後皇帝直属の近衛騎士にはなったものの、彼にとって忠誠の対象は皇帝以上にシルビアにあった。
今回フルカスがアレスの軍監として任命されたのはシルビアが裏で動いたからだ。シルビアはフルカスにアレスと言う人物の人となりを観察するよう伝えていた。
「アレス殿には驚かされっぱなしでした。何もかもを見通しているようで…」
そう言うとフルカスはシルビアに真剣な表情を向けて伝えるのだった。
「殿下。かの御仁は絶対に敵にまわしてはいけません。私などではあの方の底は見えませなんだ。今の世に数多くの英雄はおりますが…彼はそのような器で終わる人物ではありません。」
「……それほどか」
「おそらく、これから先あの方を中心に世界は回っていくでしょう。一緒にいるのはわずか1週間ほどですが、そう思い知らされました。…共にいるのが恐ろしくなるほどに」
フルカスの人間観察眼には定評があり、シルビアはそれを信頼しきっていた。そんなフルカスが述べた言葉…
シルビアは静かに微笑むとひとり呟くのであった。
「私の勘は正解だったか。これは何が何でもあの男を手放すわけにはいかなくなってきた…面白い。非常に面白い…」




